記事公開日:2023年9月8日
「教師教育・授業研究」ユニットは,2020年度にリニューアルされたEVRIの研究ユニットの1つであり,その名の通り教師教育と授業研究の2つの研究領域を視野に入れたユニットである。このユニットでは,EVRIのミッションとヴィジョンを実現するために、教育改革の主体としての教師と教師教育者に注目して研究・実践を行う。活動を通して、省察と理念にもとづいて授業を変えていく教師と教師教育者をデザインしている。なお,本ユニットは教師教育と授業研究を一体で不可分のものとしてとらえているため,他のユニットとは異なりサブユニットは存在しない。
―――設立当初は,丸山先生がユニット長でした。
丸山:
2020年のユニット設立当初,私は従前の「教師教育者」研究クラスタの長を務めており,新体制への移行にともなって,そのまま引き継ぐ形でユニット長となりました。教師教育や授業研究の名のもとでどのような研究がなされているのか,正直なところ私自身はそれまでほとんど把握していなかったんです。金先生や川口先生が授業研究をされたり,草原先生が教師教育者の研究をされたりしているのを横目で見ているという感じでした。ユニット内で研究が展開されているというよりも,EVRIの中で全体としていろんな研究がされているなという印象止まりで,あまりユニット長の仕事をしていなかったと反省しています。
ただ,私はそれまで教師教育者の養成・研修にかかわる科研を持っていましたし,JICAが実施するカンボジアの教員養成大学(E-TEC)を設立するプロジェクトを支援し,教師教育者の養成を海外展開するというミッションを担っていました。また,大学院では教職課程担当教員養成プログラム(教職P)も担当していて,教師教育者の養成にも関わっていました。ですので,このユニット長にしてもらったことは,自分がやってきたことに関わることであり,違和感はなかったですね。
―――その後,丸山先生がEVRIの2代目センター長となるにあたって,吉田先生がユニット長を引き継がれました。吉田先生は,このユニットをどのようにとらえられていますか?
吉田:
このユニットは他のユニットのように,サブユニットとして「授業研究部門」と「教師教育部門」が存在し,それぞれが別個に活動しているわけではなく,両者(授業研究と教師教育)が不可分のものとして活動を行うところが特徴だと考えています。それにはいくつか理由があります。
まず,このユニットにおける「授業研究」というものの捉え方の射程が広いということがあげられます。学校内で,現職の教員が行うLesson Studyを通した専門性の向上という狭い意味にとどまらず,学校外の授業研究も含みますし,長春大学で進めているような授業研究を基盤とした保育者・保育者養成担当者の養成といったことも視野に入れている。こうなるともう,授業研究と教師教育は切り離すことができなくなる。
同様に,教師教育の捉え方も広いのです。大学の教員養成,現職の教員研修,それらを担当する教師教育者の養成が存在し,それぞれに「大学生向けの授業研究」「現職教師が行う授業研究」「教師教育者の行う授業研究」がある。授業研究の射程の広さが教師教育の射程の広さと重なっている。分けると捉えられないし,分けないことに意味がある。だから,不可分なのです。
―――このユニットは,どのような方針で授業研究と教師教育を一体的に進めようとしているのでしょうか。
吉田:
私がユニット長となった2022年度からのユニットのあり方は,6つのキーワードで説明できると考えています。
1つ目のキーワードは「国際」です。ドイツやオーストリアなどの海外の大学・研究者と連携し,授業研究と教師教育をめぐる国際共同研究を推進しています。海外の動向を分析するのではなく,海外の研究者と共同研究を行っているところが特徴です。
2つ目のキーワードは「地域」です。2022年度からユニットに加わった滝沢先生を中心に,「地域と学校の協働」をテーマとした研究活動を推進しています。ここでいう「地域」には,日本国内の地域という意味だけでなく,ドイツやカンボジアといった固有の地域の状況や文脈を踏まえた授業研究や教師教育,教材開発といったものも含まれます。
3つ目のキーワードは「横断」です。授業研究や教師教育は,インクルーシブ教育,平和教育,シティズンシップ教育などとも密接に関連しており,ユニットメンバーが横断して研究プロジェクトを推進することも珍しくありません。教育学と教科教育学の2つの領域の研究者がメンバーにいて,連携して研究を推進しやすいことも背景にあります。このように,本ユニットは,ユニット同士,あるいはユニットをまたいだメンバー同士をつなぐ「ハブ」の役割も担っていると自負しています。
4つ目のキーワードは「先導」です。先ほど述べたように,本ユニットでは授業研究と教師教育の射程を広く捉え,両者を密接に結びつけた先導的な研究を展開しています。なぜ先導的と言えるかというと,この2つが広島大学の教育学研究の一番の強みだと考えるからです。実践と研究の幅の広さ,そして地域の幅の広さも,先導性の根拠です。
5つ目のキーワードは「発信」です。本ユニットでは,セミナーの開催,研究成果の刊行,社会貢献活動の実施などを通して,積極的に活動成果を発信しています。これらを通して,研究者の個別領域での発信に閉じない,広大教育学部だけに閉じない,日本国内だけに閉じない,研究の世界だけに閉じない研究・実践となることを目指しています。
6つ目のキーワードは「開放」です。このユニットの活動では,外部の教育・研究機関等と連携した共同研究を多数推進しています。授業研究と教師教育というのは,EVRIの所属メンバー以外の研究者や,実践家と連携しやすいテーマですので,そういった外部の方が乗り入れ可能なプラットフォームを構築することを目指しています。
丸山:
近年,教師教育者の研究と実践を担当してきた私から補足させてもらうと,本ユニットは教師教育者の養成に授業研究を活用するのがユニークだし,それを研究として積極的に表に出している点も特徴だと思います。自らの授業力改善のために授業研究を活用するとともに,自身が教える教師の卵たちが授業研究できるように,授業研究の能力を磨きつつ技術を磨きつつ,授業研究の仕方も教えられるようにしていく。このサイクルをうまく回そうとしつつ,それをまた研究につなげる。これができる大学は,日本はもちろん世界でもそう多くないと思います。実践者自身が研究を行い,それを研究ができる教育者の養成に繋げていくという点では,先述したカンボジアでのE-TEC設立の取り組みだけでなく,教師教育者のためのプロフェッショナル・ディベロップメント講座(PD講座),セルフスタディセミナーシリーズの取り組みなどもそうですよね。広島大学は教師教育と教師教育者教育,そして授業研究をうまく連動して推進できており,EVRIはそれを研究成果という形で明示的に表に出してきました。これまでも広島大学ではこのような発信はしてきたのですが,EVRIではそれをよりはっきりとわかりやすく打ち出してきたといえます。
―――そもそも,なぜ授業研究を核にすると教師教育や教師教育者養成が進展するのでしょうか。
丸山:
これは,私が関わってきたカンボジア(E-TEC)での経験を通して実感するところなのですが,社会をより成熟・安定したものにするためには,社会基盤の一つである教育の質を高める施策が重要になります。特に開発途上国では,優秀な人材に教員になってもらうためには,教職を経済的に安定した職にする施策だけでなく,教職の社会的地位を高めて多くの人が教職に就きたいと考えてもらう施策も求められます。そのためには,教員が専門職であるという自覚や使命をもち,専門職性を向上させるための研修(研究と修養)体制,そして専門職を養成する専門家(教師教育者)の人材育成体制が整備されなければなりません。
世界のトレンドとして,教師は最低でも学士号,教師教育者は最低でも修士号が求められています。つまり,教師も教師教育者も研究能力を有する必要があるということです。ところが,これまで開発途上国の教師や教師教育者たちは,研究のトレーニングを受けていないために研究(自己研鑽)能力に乏しく,自分が教わったことをひたすら同じように繰り返してしまっていました。
この状況を改善するための,一つの方法として有効なのが授業研究なのです。日本で生まれた授業研究という方法は,専門職者の研修の方法としても洗練されてきた歴史があります。教員養成の場で,教員の卵に授業研究を学んでもらい,研究や自己改善,教師コミュニティづくりの方法を身につけてもらう。一方で,教師教育者は授業研究の方法を教員の卵に教えられるように,自らも授業研究に取り組む。授業研究を自己改善の手法として取り入れることで,新たな実践に取り組む力を育てることができるのです。
※参考:定例オンラインセミナーNo. 131【HU-TEC オンラインセミナー】「教員養成大学に研究文化を根付かせる」開催報告
―――ユニットでは,教師教育・授業研究の取り組みをどのように進めているのでしょうか。具体的なプロジェクトをいくつか紹介していただけますか。
吉田:
まずは,2020年から継続して取り組んでいるPELSTEプログラム。これは,本学教育学部の強みであるPE(Peace Education)・LS(Lesson Study)・TE(Teacher Education)を組み合わせたプログラムであり,「LS」や「TE」が本ユニットに関するところです。年によって内容は異なりますが,2022年のPELSTEでは,「教師教育者のための授業研究」にテーマを絞り,オンラインで交流を行いました。世界各国から若手研究者を招いて,教師教育における授業研究の可能性を検討するとともに、授業研究のローカライゼーションに必要な要素を議論することができました。
2024年には,本学教育学部が加盟するINEI(International Network of Educational Institutes)の年次大会が広島大学で開催されるため,その準備も進めています。本ユニットとしては,日本や世界で培われてきた授業研究の実践の多様性とその意義を,学術的な視点から発信していきたいと考えています。たとえば,これまでEVRIが刊行してきた『教師教育者のための国際版授業研究マニュアル』(日本語版・英語版・スペイン語版)の見直し・書き換えを行うといった活動も考えられます。EVRIが自分たちで更新することもできますが,PELSTE参加者が自国の教師教育の文脈をふまえて,独自に書き換えて活用するほうがいいのではないかと考えています。PELSTEを通して,授業研究を学びに広大・EVRIに来て,プログラムとして学んでもらうことを通して,それ自体が本ユニットの目指す研究のプラットフォームになるようにしたいですね。
吉田:
次に,こちらも2020年度から継続してきた連続オンラインセミナー企画である「授業研究を軸に教師教育を改革する」シリーズ。これは,日本の授業研究と世界のLesson Studyとの交差点を探りながら,授業研究に基づく教師教育について研究できる国際共同研究プラットフォームの構築を目指す企画です。広島大学の共同研究プロジェクトの支援を得て,金先生主導で日本の授業研究と世界のLesson Studyとの相互作用の解明に取り組んでいます。2021年には,シリーズの活動成果として,『Lesson Study-based Teacher Education: The Potential of the Japanese Approach in Global Settings』を出版することができました。書籍刊行後は,「授業研究を研究する」シリーズへとテーマを変更し,授業研究が世界でどのように受容され,教師教育やその他の文脈でどのように発展しているのかを俯瞰しようとする取り組みを進めています。
―――このシリーズ企画に限らず,吉田先生,金先生,川口先生,岩田先生(現・同志社大学)の4名は,色んなところでご一緒に活動されているイメージがあります。
吉田:
そうですね。4名は,以前からEVRIで「授業研究を軸にした教師教育に関する国際共同研究のプラットフォームづくり」を目的に活動に取り組んできましたので。ただ,このユニット体制になって,先述のセミナーシリーズを継続的に開催するなかで,さらに相互作用が生まれてきた側面もあります。
たとえば,私の授業研究に,岩田先生や川口先生,金先生に一緒に入ってもらって,お互いが自身の関わっている学校で行っている授業研究の様子を観察・分析するという活動を行っています。教育学と教科教育学の専門家が,同じ授業をどのように見て,どのように支援(いわゆる指導助言)するのかを相互に交流し合うのですが,これが大変面白いんです。毎回4人で振り返りを行い,「なぜ先生はあの時こういうコメントをしたのですか?」というような話を長時間行っている。成果は,2022年のWALS(The World Association of Lesson Studies)で報告しました。2023年度には,一つの授業(韓国の歴史授業)を教師教育者である大学教員がどう見たのか,それをこれからの教師教育を担う大学院生がどう見たのかを重ねた検討を,WALSにて発表します。こういう活動をさらに展開していきたいですね。
―――科研のプロジェクトの一環で,授業研究のオンラインアーカイブを構築しているとうかがいました。
吉田:
現在採択されている科研(基盤A)で,本ユニットの活動を発展させて,授業研究を軸とした教職の高度化の国際共同研究プラットフォームの構築に取り組んでいます。プロジェクトでは3つの目標を設定しているのですが,その中の1つにオンライン授業研究プラットフォームの構築があり,その一環として,授業研究の電子アーカイブをつくるという取り組みを進めています。授業のアーカイブではなく「授業研究」のアーカイブであるというところがポイントで,ここには授業の記録(映像だけでなく学習指導案,発話記録なども含む),授業研究の記録,それらをもとにした研究の記録の3つを入れたいと考えています。この3つがセットで搭載されたプラットフォームはおそらく世界初ではないでしょうか。
海外の研究者・教師教育者がこのプラットフォームを利用すれば,日本の授業研究において何がどのように記録され,議論され,研究されているのかをつぶさに観察・分析することができます。授業研究とそれをもとにしたアウトプットをワンセットで見ることができれば,授業研究とそれを軸にした教師教育の発展に寄与できるでしょう。この科研では,そのスタートとして,数セットの授業研究アーカイブを準備しようと考えています。現在は,国内外の先行研究をフォローし終えて,ウェブサイトのコンセプトを議論している段階です。2023年度中のウェブサイト立ち上げを目指したいと考えています。ゆくゆくは,次の大きな科研を獲得してデータベースを構築していきたいですね。
―――ユニットの今後の活動の見通しや展望,期待することを教えてください。
丸山:
元ユニット長,現センター長という立場から言わせてもらうと,私は本ユニットがなすべきことが3つあると考えています。
1つ目は,EVRIメンバーによる個人研究・共同研究の発展です。外部資金を獲得し,自走可能な状態で研究プロジェクトを推進していき,成果を学術論文や書籍などで発信する。これは現時点でかなりの水準で達成できていると思います。今後やらなければいけないのは,教育学・教科教育学・心理学の共同研究でしょう。これらは広大教育学研究の柱でもあり,EVRIメンバーの中にも3領域の研究者が揃っていて展開しやすいはず。まずはEVRIメンバーを中心に連携して,広島大学の教育学研究と教育実践(学校教育実践,教師教育実践)へと発展させていきたいですね。
2つ目は, EVRIをハブとした広島大学内の学際的研究・実践の模索です。たとえば,理学部の先生から「理科の教科書の内容が間違っているから改めたい。学校教育に貢献したい。」といった声も頂いたことがありました。人口が県外に流出していくことの問題点を指摘した広大の先生の新聞記事も見たことがあります。こういう学内にあるニーズやシーズをうまくつなげて,いずれは共同研究につなげていくこと。教育学以外の領域の研究者に共同研究に加わっていただくことで,「教育」を通じた社会変革を描いていくこと。これはEVRI全体の目指すべき方向だと思っていますが,まだどのユニットでも十分に着手できていないところだと思いますので,ぜひこのユニットで先鞭をつけて頂きたいですね。
3つ目は,EVRIをハブとした広島大学外の研究者・実践家の共同研究・実践プラットフォームの構築です。「EVRIとつながっていることで科研がとれる」という実績を積み重ねれば,「ぜひEVRIと共同研究させてほしい」と言ってくれるようになるでしょう。EVRIの繋がりで学位が取れる。EVRIの人づてで共同研究者が見つかる。そういう拠点となるように活動してほしいと考えていますので,本ユニットに期待しています。
吉田:
「教師教育・授業研究」ユニットだからできることとして,研究を通して目の前の学校・教師・子どもの課題や可能性に応答できるというメリットがあると思います。実際に,これまでの研究は常に実践上の課題を取り上げながら,その解決に向けて,あるいは実践の現場を意識して展開されてきました。この点は,もちろん今後も強調していきたいです。
さらに,本ユニットの活動は,学校に来られない子ども,授業研究を行っていない学校,社会教育や家庭教育などは直接の対象にしていませんが,今後はそこに届くような研究もしたいと考えています。授業研究をするからこそ,「今日もあの子が学校に来ていないね」「いや,実は家庭で・・・地域で・・・」といったように,授業研究をやるからこそ授業にいない子どもを取り上げることができる。私は,ここに授業研究を通した社会変革があると考えています。このためには,「授業研究方法論」を一定程度確立し,発信していく必要があります。
本ユニットの活動を通して,国際的なニーズに応えていくことも目標の1つです。授業研究と教師教育を一体的に進めるというパッケージそのものが,国際的にかなり高いニーズを秘めていると思います。また,それが教員の社会的地位の向上につながるし,Ph.Dを取得するということも含めて教育にかかわるものの地位の向上にもつながっていくとなれば,非常に魅力的なものとして国際的に評価される可能性があると考えています。
レッスンスタディが海外で受け入れられている文脈と,日本が授業研究で培ってきた文脈があり,両方を組み合わせていくこと。そのために,授業研究の方法論・パッケージを確立し,発信していくこと。このサイクルの速度を上げて応答していくことで,教育学研究・教育実践そのものの向上につなげていくこと。これが,本ユニットだからできることだと思っています。
EVRIは、自らのミッションとヴィジョンを達成するために、共同事業、共同研究、受託研究および講演等をお引き受けいたします。
ご依頼やご質問は、EVRIの運営支援チームに遠慮なくお問い合わせください。連絡先は次のとおりです。
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