【2023.8.25】定例オンラインセミナー講演会No.149「金曜に夜更かし-セルフスタディを語り合う-(5)日本の教育学領域におけるセルフスタディの見取り図 」を開催しました。
I.開催報告
広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は,2023年8月25日(金)に,第149回定例オンラインセミナー「金曜に夜更かし-セルフスタディを語り合う-(5)日本の教育学領域におけるセルフスタディの見取り図」を開催しました。大学院生や学校教員を中心に30名の皆様にご参加いただきました。
「金曜に夜更かし-セルフスタディを語り合う-」は,日本の教師教育において徐々に広まりつつある研究方法論であるセルフスタディに注目し,日本の教師教育者はどのような経験や研究背景からセルフスタディに興味・関心を持ち,どのようにそれを実践・研究しているのかを考えるセミナーシリーズです。セミナーを通して,セルフスタディに関心を寄せる研究者や教師教育者の交流の場になることを期待しています。
シリーズでは毎回,セルフスタディの実践や研究を行われている方をゲストにお招きし,実践・研究上の悩みや葛藤,あるいは喜びなどを率直に語り合います。シリーズ最終回である今回は,まとめとして,これまで行ってきたインタビューの成果を振り返り,日本の教育学領域におけるセルフスタディの受容のされ方を俯瞰します。ウェビナー形式で進行し,視聴者の皆様からのQ&Aにもお答えします。
なお,本セミナーシリーズは,EVRIのメンバーである草原和博教授やスタッフである大坂遊(周南公立大学・EVRI教育研究推進員)が参加する,科学研究費助成事業(研究課題/領域番号:21K02472)「先生の先生はいかに自己成長をするか:教師教育者の専門性開発の体系化に向けて(齋藤眞宏代表)」の活動の一環としても実施されます。
シリーズ第5回となる本セミナーでは,一般社団法人ジェイスの代表理事であり,EVRI諮問委員である武田信子氏をゲストにお招きして,ディスカッションが行われました。
はじめに,司会の大坂氏より,上述したような本セミナーの趣旨説明と,これまで開催された4回のセミナーの概略が紹介された上で,これまでの登壇者のインタビュー内容や,先行研究などの成果をふまえながら,日本におけるセルフスタディの展開についての特徴が提起されました。骨子は,①これまでの登壇者は,自身の実践の変革や価値観の探究という志向と,所属する共同体のあり方の変革という志向が複雑に絡み合っており,多くの登壇者はこれらを同時に見据えてセルフスタディに取り組む傾向にあること,②企画者が行った調査や先行研究とインタビューの成果をふまえると,すでに日本におけるセルフスタディは黎明期(海外でセルフスタディを直接学んだり,外国語の文献でセルフスタディを学んだりする段階)から萌芽期(日本語で書かれた論文や研究を参照しながら自分たちでも研究を進めていく段階)に移行しつつあること,の2点でした。
以上をふまえ,大坂氏は,日本において教育学の研究・実践に携わる者がセルフスタディを行う動機は,「変革を担う主体(実践者である自分自身に注目するのか実践を行う共同体に注目するのか)」という軸と「変革のための戦略(変革する実践そのものに注目するのか背後にある価値規範・文脈・制度・関係性に注目するのか)」という軸の,二軸四象限に整理できるのではないかと提起しました。
続いて,ゲストの武田氏と草原教授の間でセルフスタディにまつわる対談が行われました。
対談の前半では,武田氏と草原教授のそれぞれがセルフスタディにたどり着くまでの原点,教育・実践・研究に携わる立場としての苦悩や葛藤,それらを克服する可能性としてのセルフスタディとの出会いといった話題が共有・交流されました。
武田氏は,もともと臨床心理士として実践に取り組む中で,研究と現場がかけ離れているように感じていたこと,その後大学教員となって自らの学生相談室の実践をまとめた研究成果を論文にした際に「これは学術なのか」という批判を受けたこと,実践が学術の世界では認められないことに対する忸怩たる思いなどが原点にあることが語られました。そのように実践をどのように研究として扱えば良いのかについて悩んでいたところ,海外においてセルフスタディに関する研究が確立されていることを知り,日本におけるセルフスタディの確立に尽力される決意をしたといいます。大学教員にとって大学の授業は現場であり,そこにおける実践と研究をどのように繋げて行うことができるのかについては,海外の研究者の姿から学んだとのことでした。
一方の草原教授からは,もともと社会科教育の実践に興味があったものの,研究で取り上げられる対象は他者の実践ばかりであり,自分自身の実践を対象にしてこなかったことで,これを研究分野として確立できないかと考えるようになったことが原点として語られました。また,ヨーロッパの教師教育の学会などでは,発表をしながら共にリフレクションをするような形式の研究発表があり,研究と実践が一体となっていることに強い印象を持った経験もあったとのこと。そのような折,調査で訪れたシンガポールで,日本人研究者からセルフスタディのことを知り,現地の書店で関連書籍が出版されて研究方法論として確立されているのを見て,そこに自分が求めているものがあると考えるようになったといいます。
対談の後半では,大坂氏の提起した見取り図を参照しながら,日本におけるセルフスタディの今後の展望や期待することについて議論がかわされました。見取り図の二軸四象限を参照しながら,私自身をまず変えていこうという動機と,制度や規範を変えていくという動機の両方を同時に意識することの重要性と困難さが語られ,教師教育者をはじめとする対人援助職は,これらに対して自覚的になりながらセルフスタディを行うことの重要性が確認されました。また,そのための支援策として,日本語で読めるセルフスタディの論文や文献が充実することの重要性が語られ,関連して武田氏が出版に向けて準備を進めているA.サマラス氏のセルフスタディに関する書籍の訳本について紹介されました。
他にも,クリティカルフレンドの必要性についても言及され,EVRIにおけるプロフェッショナル・ディベロップメント講座(PD講座)が果たしている役割について,武田氏より評価していただき,このようなコミュニティが広がってほしいとの旨を語っていただきました。
ウェビナーのQ&A機能では,「コミュニティを大切にする,というのにとても共感します」といった感想が出されました。一方で,コミュニティがないのであれば作っていく必要があるが,なかなかそういうつながりを継続させることが難しいといった悩みも共有されました。
アフターセッションでは,セミナー参加者から日々のセルフスタディの実践に関する苦悩をお話しいただきました。また,北海道にゆかりのある参加者も多かったことから,今後のつながりへの可能性を見出す機会となりました。加えて,武田氏からは英語に対する抵抗感があることを承知しつつ,翻訳ツールを用いながら積極的にアクセスすることの重要性もご指摘いただきました。さらに,日本におけるセルフスタディ研究の課題,例えば適切な論文投稿先,適切な指導教員などについては少しずつ改善の兆しが見え始めていることが確認されるとともに,クリティカルフレンドについても海外の研究者に連絡をとることも一つの選択肢であることが示されました。
今回のセミナーシリーズを踏まえ,EVRIは以下のような政策を提言します。
セルフスタディは,教師や教師教育者を含めた対人支援者の専門性開発の方略の一つとして有効であると同時に,共同体の実践・制度・価値規範の省察と改善を通した社会変革に向けた方法論としても有効である。そのため,行政・大学・学会・出版社等は,日本におけるセルフスタディの普及に向けて以下のような支援や努力を行うべきである。
- 対人支援職者の専門性開発の方法として,セルフスタディをとり入れることが望ましい。たとえば,教職大学院における授業科目や課題研究の一環として,あるいは教員の長期研修やミドルリーダー研修のプログラムの一部として,セルフスタディを導入してはどうか。
- セルフスタディに関する日本語の書籍が充実することが望ましい。たとえば,諸外国のセルフスタディに関する専門書籍の翻訳書や,日本国内における学校や教職大学院等におけるセルフスタディの導入に関する実践事例集などの出版を進めてはどうか。
- 対人支援職者によるセルフスタディのコミュニティづくりが推進されることが望ましい。たとえば,大学や学会が主体となって実行委員会形式でセルフスタディに関心のある人向けの読書会やミーティングを企画したり,セルフスタディのクリティカルフレンドをマッチングさせるデータベースの構築などを進めてはどうか。
今後もEVRIでは,「教師教育・授業研究ユニット」を中心に,教師教育を変革するための方略を検討してまいります。
文責(大坂遊)
Ⅱ.アンケートにご協力ください
多くの皆様にご参加いただきまして,誠にありがとうございました
ご参加の方は,事後アンケート(アンケートはこちらをクリックしてください)への回答にご協力ください。
*第149回定例セミナーの告知ポスターはコチラです。
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