【2022.11.12】定例オンラインセミナー講演会No.126「オランダの授業研究の研究者から学ぶ(1)―Sui Lin Goei先生―」を開催しました。
Ⅰ.開催報告
広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は,教師教育・授業研究ユニットの活動の一環として、2022年11月12日(土)に,第126回定例オンラインセミナー「オランダの授業研究の研究者から学ぶ(1)―Sui Lin Goei先生―」を開催しました。大学院生や学校教員を中心に42名の皆様にご参加いただきました。
「授業研究を軸に教師教育を改革する」シリーズは,日本の授業研究と世界のLesson Studyとの交差点を探りながら,授業研究に基づく教師教育について研究できる国際共同研究プラットフォームの構築を目指す企画です。Kim, J., Yoshida, N., Iwata, S., Kawaguchi, H. (Eds.). (2021). Lesson Study-based Teacher Education: The Potential of the Japanese Approach in Global Settings. New York, NY: Routledgeの出版を契機に、広島大学の共同研究プロジェクト(研究代表者:金鍾成:2020~22年度)の支援を得て,日本の授業研究と世界のLesson Studyとの相互作用の解明に取り組んでいます。
シリーズ第13回となる本セミナーでは,オランダの授業研究の広がりや視点・団体の状況に関して報告が行われました。とりわけ,今回のセミナーではヨーロッパで広がっているインクルーシブ教育に焦点を当て,すべての子どもを包摂するためのインクルージョンを実現できる教師の育成と授業研究の関係性について取り上げられました。
はじめに,司会の金鍾成准教授(広島大学)より,本セミナーの趣旨が説明されました。インクルーシブ教育の視点から授業研究を捉えなおしているオランダの研究動向を参考にしながら、➀授業研究とインクルーシブ教育の関係性を探究すること、➁オランダの授業研究を支えている文脈を探究することという目的がセミナーの参加者全体で確認されました。
次に,Sui Lin Goei氏(Hogeschool Windesheim & Vrije Universiteit Amsterdam,オランダ)から「インクルーシブ教育のための授業研究:インクルージョンはみんなにとって重要なこと」と題して発表が行われました。発表では、まずヨーロッパ全体ではインクルージョンが進められており、特別支援学校や学級といったとりだし授業や,能力別で進行を分ける習熟度別ではない、通常学級での教育が想定されています。その中では、adaptive teaching―即ち、教室内の多様な子どものニーズを受け止めながら環境や教育法を変容させるということが重要であるとされています。こうした重要性は一定程度政策レベルでは浸透してきた一方で、オランダ国内の受け止めは多様であり、とりわけ教員の意識改革が重要であるとされてきました。そこで、注目されたのが、子どもの学びを中核に置き、授業改善を行う授業研究でした。そこでGoei先生たちグループの研究グループは、インクルーシブ教師教育における授業研究の効果をはかる共同研究を実施し、教師の認識や自信の高まりを看取った一方で、実際の教育法の変容などは見られなかったという成果を得ています。加えて、別のプロジェクトでは、学校におけるいじめの対応をめぐっても授業研究の効果を検討し、教師の認識や自信の変化の一方で、実際のいじめの減少には結び付きにくいことを明らかにしていきました。今後は、長期的に効果を看取ることで、行動や環境の変化への貢献を図りたいという話でまとめられました。
以上の発表を受けて,指定討論者の川口広美准教授(広島大学)からは,日本が授業研究を当たり前だと感じている現状があることを踏まえた上で、「授業研究以前は、インクルーシブ教師教育はどのような方法で行われていたのか?それと比較した際の授業研究の一番の意義とは何か?」「授業研究の効果を厳密に図らなければならないのはなぜか?」といった質問がありました。それに対し、Goei先生からは、インクルーシブ教育は、そもそも診断―対応、といった医学モデルを軸に教師教育が行われていたこと。そこでは、「症状」について適切な理解を学び、それを実践できることが第一義的に行われていたという話になりました。授業研究は、こうしたアプローチに対して、子どもの多様性や学びの実態を中心に置くところが魅力であり、意味があると感じたという話がありました。また、授業研究が浸透していないオランダにおいて、授業研究を促進させるために、その効果を実証的に示し、意義を認識してもらう必要があると考え、多様な実証研究が進められているようです。
また,ウェビナーのQ&A機能を活用して行われた質疑応答では,「adaptive teachingとは何か」といった質問や,「授業研究とセルフスタディの違いとは何か」といった質問も出されました。普段意識していない授業研究の重要性や意味について新たな視点から検討することの重要性を認識すると共に、インクルーシブ教師教育のあり方についても参加者全体で理解が深まりました。
今回のセミナーを踏まえ、EVRIは以下のような政策提言を構想しています。
①子どもの多様性を前提にした際に授業と授業研究がどのように変わらないといけないのかを今後継続的に検討する必要があります。②インクルーシブ教育を実現することのできる教師教育の方法論としての授業研究の可能性を今後継続的に検討する必要があります。
今後もEVRIでは「教師教育・授業研究」ユニットを中心に,授業研究を軸に教師教育を変革していくための方略について引き続き検討してまいります。
文責(川口広美・金鍾成)
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