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Research「教育学研究者」研究クラスタ


教育学の研究者は教師教育にいかにコミットするか?

ー ❝教師教育のできる研究者❞の専門性開発をデザインする ー

記事公開日:2018年12月27日
記事更新日:2019年  4月30日

教師教育者のアイデンティティに関するワークショップ(2018.12.10)

 

「先生になりたい!」と志す者は、教員免許を求め大学へ向かう。その大学で「先生を育てる先生」の役割を果たしているのが、いわゆる教職課程の大学教員である。では、その大学教員はいかにして「先生の先生」になったのだろうか。キャリアには、大きく2つのタイプがある。

1つは、長年、研究に従事してきた「先生の先生」である。大学でリサーチの手法を学び、「論文を書く」ことを生業(なりわい)としてきた研究者たちである。しかしながら、この研究者たちが、教員を育てる能力をどこで身につけたかというと、きわめて心もとない。大学生時代を思い出してほしい。専門分野の話をボソボソと語り続けたり、教育実践とは縁遠い理論の世界に浸ったり、白衣で実験にいそしんでおられる先生もいたのではないか。
もう1つのタイプが、現場経験の豊かな「先生の先生」である。長い間学校現場で働きながら、自分なりの授業スタイルを確立し、子どもからも保護者からも評価されてきた。話は上手、語れる経験も多い。しかしながら、はたして子どもに「教える」ことが上手な先生は、大学生や大人に「教え方を教える」ことも得意なのだろうか。

専門職に求められる能力に習熟しているから、その専門職に従事してよいと認められる。これが世の常だ。しかし、教師教育者という職業は、少々状況が異なる。ひょんな経緯で大学教員に応募し、論文の数や実践の経験が評価されて、教師教育者の職を務めることがある。こんな不思議な専門職、それが教師教育者である。
教師教育者に求められる専門性とは、一体どのようなものなのだろうか。研究にたけた研究者は、いかにすれば教師教育者となれるのか。実務にたけた教育者は、いかにすれば教師教育者になれるのか。「研究のできる教師教育者」「教師教育のできる研究者」は、いかにして生まれてくるのか。

本クラスタのリーダー:草原和博先生(以下、敬称略)は、大学院の博士課程後期を出て、百戦錬磨の現職教員が集まってくる大学院で長く教えた。草原自身、決して実務経験は長くない。しかし、大学院で学んだ研究の成果と方法を基盤に、そういう先生方を指導しなくてはならない状況に追い込まれ、「教師教育のできる研究者」像を否が応でも追求せざるを得なくなった。このようなキャリアが、今の研究テーマに結実している。
草原は、これまで大きく2つのことを行ってきた。1つは、教科教育学はこの世に何のために存在するのか、その存在理由と社会的責任を明らかにすること。そして、もう一つが、教科教育学を基盤にした教師教育者の育ち方・育て方を解明することである。今回は、「教育の専門家」研究ユニット、「教育学研究者」クラスタの代表を務める草原から、本ユニットの研究の最前線を教えていただいた。

「教育学研究者」クラスタリーダーの草原和博先生

 

教科教育学とは一体何なのか?

地理のカリキュラム研究をしていた草原がこの難題に取り組み始めたのは、自身の地理教育論の研究が落ち着き、学界で教科教育学不要論が叫ばれ始めた2000年代後半だという。多様な構成員によって育まれてきた日本の教科教育学は、研究の理念や体系をメタ認知し、その存在価値を対外的に説明することが迫られた。草原は「海外の研究動向に光をあて、そこから日本の研究の良さや課題を逆照射し、研究の将来を見いだしたい」と考え、海外の研究体系や方法論を調査し始めたという。

この問題関心は、平成22年度~平成24年度の基盤研究(B)「社会科教育研究・実践の改善に資する「研究法ハンドブック」の日米共同開発」を得たことで、一挙に発展を遂げる。本科研の成果は、全国社会科教育学会の年報(『社会科教育論叢』第48集)で特集されるとともに、川口広美「「カリキュラム研究」からみた社会科研究の特質と課題 : 2000年-2011年 掲載論文の検討をもとに」『社会科教育論叢』第48集草原和博「日本の社会科研究の方法論的特質-シェーバーと森分の研究観の接点と相違を手がかりにして-」『社会科教育論叢』第48集渡部竜也、草原和博ほか「日本の社会科教育研究者の研究観と方法論-なんのために、どのように研究するか-」『日本教科教育学会誌』第37巻1号草原和博ほか『社会科教育学研究法ハンドブック』明治図書草原和博「博士論文研究としての教科教育研究」『教科教育研究ハンドブック-今日から役立つ研究手引き-』(教育出版)、などの論文にまとめられた。


【具体的な取組1】 ヨーロッパ、アジア、アメリカの研究パラダイムの調査

基盤研究(B)「社会科教育研究・実践の改善に資する「研究法ハンドブック」の日米共同開発」の研究を第1期と称するならば、こちらは、どちらかというと国内志向、世界の動きを追いかけながらも、ざっくりマクロに日本の教科教育学の体系や方法論を描き出すことを最終目的にした。この科研を引き継いだ第2期の平成27年度~平成29年度の基盤研究(B)「教科教育学のパラダイムと社会的責任の国際比較-社会科教育研究者が果たす役割とは-」は、国際志向。もっとミクロに、世界で活躍する研究者一人ひとりの営みに焦点をあてるようにしたという。

「ヨーロッパでは、他分野から教科教育学の教育・研究に参入してきているケースが多いんですよ」と草原。研究者のなかには、多文化社会の中で苦しむマイノリティに対してNPO活動していた運動家が、教育の重要性に気づき、多文化共生の理念を市民の心に深く浸透させるために、学校教育へ、教科教育へ、そして教師教育の世界へ入ってくる例もあったという。アメリカでは、同じ大学の同じ教育学部の中で学術研究や論文指導にどっぷりつかっている人もいれば、現場・臨床の場で実習生の指導に専念する人もいたり、あるいは現場と研究の世界の架橋に努めようとする人もいたりするなど、多様なアイデンティティをもつ研究者が共生しているところに魅力があるという。アジアの各国では、かつて日本に留学し、(今となっては批判の的にもなっている)カリキュラムや授業の開発研究の方法論を学んだ“日本帰り”の研究者が、各国のカリキュラム改革や授業改革の担い手となっているという。
このように、それぞれの地域の文脈に応じて多様な教科教育学のパラダイムが形成されており、またそれぞれの場で研究者が自らの関心や経歴に応じて多様なアプローチで社会にコミットしている姿が分かってきて実に興味深い、と草原は語る。

本科研の成果は、メンバーの手で続々とカタチになりつつある。例えば、岡田了祐ほか「米国の教師教育者にみる professional identityの多様性:社会科教育を事例とした教科観と教師教育者観に着目して」(岐阜大学教育学部研究報告. 教育実践研究・教師教育研究、20)渡部竜也ほか「1990年代日本の教科教育研究が東アジアの留学生に与えた方法論的インパクト : 日本留学経験を持つ中国・韓国の社会系教科教育研究者のライフコースから」(東京学芸大学紀要 人文社会科学系Ⅱ、第70集)「教科教育研究者の社会的責任の果たし方-教育学のバックグラウンドを持たない3名の欧州研究者の比較研究を通して-」(投稿中)など。個人の研究活動に着目した科研は、スピンオフ的に研究者個人の思想研究にも発展している。草原や川口らは、ソーントン、バートン、ニューマン、オスラー、スターキーらの思想の翻訳や解説を寄稿している。

 

第2期の研究は、現在、第3期の平成30年~平成32年国際共同研究強化(B)「オーストリア政治教育の挑戦-教室空間で政治問題をいかに教えるか-」に移行しつつある。「教育の専門家」研究ユニットの川口広美金鍾成らとともに、日本の「教科教育学」とは異なるヨーロッパの「各科教授学」の特質を究明するとともに、オーストリアの各科教授学がめざす政治教育の実像を捉えようとしている。

(詳細は研究拠点創成フォーラム(8)開催報告をご覧ください

 

よい教育学研究者は「自ずと」よい教師教育者となる?!

「教育学研究者のパラダイムを調査する過程で、教育学研究者は2つの仮面をもっており、誰もがその仮面の選び方や重ね合わせに悩んでいることに気づいたのです。その仮面が、『教育学研究者としての顔』と『教師教育者としての顔』です。」と草原。

教育学以外の学問では、アイデンティティの複数性で悩むことは少ない。たとえば文学部の教授が未来の小説家を、経済学部の教授が未来の銀行家を育てようとして、自分の研究との両立に悩むことは少ないだろう。強いていえば、プロフェッショナル・スクールの医学部や法学部の研究者にはあてはまるかもしれない。医師や弁護士を養成は、研究者の重要な職務の一部かもしれないが、教育が占める比率は教育学のそれに及ばないだろう。

「研究者」と「教育者」という立場はいかにして関連づけられるのか。この2つを両立させる専門性、学問的スタンスとは、いかにして育むことができるのか。この問いを起点に立ち上がっているのが、平成26年度~平成28年度の挑戦的萌芽研究「「教科の指導法」を指導できる教師教育者の養成・成長:先生の先生はどのように育つか」と、それを発展させた平成30年度~平成32年度の基盤研究(C)「先生の先生」をいかにして育てるか-教師教育者の専門性開発-」である。


【具体的な取組2】 ノルウェー・オランダの最先端事例を学ぶ

草原が掲げる「先生の先生」の理想像は、リサーチベースで教師教育ができる専門家である。例えば、教師や実習生は、どこでどのようにつまずき、悩み、いかにして良い授業、良い教育についての基準を確立していくのか。教師は授業づくりにあたって、何をどのように意思決定しているのか。このようなテーマで研究を行い、その成果に基づいて教師を養成したり、研修したりすることが大事だという。

第10回のEVRI拠点創成フォーラムは、研究ベースの教師教育を行う諸条件に迫ろうとした実験的な試みである。現場の「先生」を「先生の先生」に育てることに関心を寄せるAnja Swennen先生(アムステルダム自由大学)。「先生の先生」を世界的に通用する「研究者」に育てる仕組みづくりに奔走するKari Smith先生(ノルウェー科学技術大学)、両者をお招きしてフォーラムを開催した。同フォーラムにおいて、「教育の専門家」研究ユニットの岩田昌太郎川口広美らは、日本の「先生の先生」に焦点を当て、彼らはいかにして教師教育者としてのアイデンティティを確立しているかについて詳細に報告した(岩田昌太郎「日本の中堅教師教育者のセルフ・スタディ」川口広美ほか「教師から教師教育者への移行にみられる非連続と連続-日本のベテラン教師教育者の事例研究-)。

(詳細は研究拠点創成フォーラム(10)開催報告をご覧ください


【具体的な取組3】 教師教育者を育成するアクション・リサーチに挑戦中

「大学で教師を育てること、入職後に教育現場で教師を育てることは、とっても難しい」 草原は繰り返し述べる。

実践に秀でた教師教育者が、子ども(小中学生)に教えるように大人に教えようとすると、たいてい苦労する。なぜなら、ひとには経験とプライドがあり、正しいと信ずる教育観や信念が強固なまでに確立されているから。人生経験が豊かな教師や、12年間の被教育体験を背負った大学生ならば、なおさらだ。様々な調査の結果、教師教育者には、そのような経験やプライドを尊重しつつ、学問的な知見を用いてそれを揺さぶることができる専門性が求められる、このような仮説を草原は提起するようになった(草原和博「社会科教師を育てる教師教育者の専門性開発-欧州委員会の報告書を手掛かりにしてー」『教科教育学研究の可能性を求めて』 風間書房)。

草原は、”『自ずと』できる神話”に疑問をいだく。すなわち、学術論文が書けたら自ずと教師教育ができるだろう、学校で指導ができれば自ずと教師教育ができるだろう…といった神話である。このロジックはあまりに横暴だ。「だから、教師教育者の専門性開発のあり方を定式化したいんです」と草原。

この目標に向けて始めたのが、大学院生が行う教師教育のアクション・リサーチである。例えば、教職課程の授業に大学院生をTAとして参加させた上で、学生の授業力の成長過程をきっちり捉え、研究させる。あるいは、現場の校内研修に大学院生を参画させた上で、効果を評価したり、現職教師の課題解決を支援するハンドブックやプログラムを開発させたりする。そして、これらのR&Dの成果を論文にまとめて発表させる。この過程でのアウトプットが、以下の作品群である。

「小学校における社会科を中心とした校内研修の意味と効果-校内研修の教科教育学的考察-」『教育学研究ジャーナル』第18号
「社会科授業力改善ハンドブック開発と評価-教員養成・教員研修の場で活用できる教材の構成- 」『学校教育実践学研究』第22巻
「社会科授業改善支援プログラムの開発と評価—教員養成・教員研修で活用できるオンライン教材とハンドブック教材の構成—」『学校教育実践学研究』第23巻
「教員志望学生の社会科授業プランになぜ違いが生じるのか-教科指導力の育成のあり方に示唆するもの-」『学校教育実践学研究』第20巻
「社会科教師志望学生の授業プランニング能力はいかにして学習されるのか-大学入学後の能力向上の要因と支援策-」『学習システム研究』創刊号

 

このときの草原の立ち位置は、実に複雑だ。ご自身は、教員養成や教員研修を担う教師教育者として立ち振る舞う一方で、大学院生に対しては教育者として助言をする。養成や研修の場面では、教師教育の実践に携わる一方で、論文執筆に際しては研究指導者の役割も務める。仕掛けは大変だが、このようなシステムをつくらないと教師教育の質は改善されない…草原はそのように考えている。

なお「教育の専門家」研究ユニットの岩田、川口、草原は、大学院生にTAの経験を積ませることの意味を類型論的に解釈し、論文(「教師教育者の成長過程に関する質的研究-TAの経験はアイデンティティ形成にどのように影響を与えるか-」『日本教科教育学会誌』第41巻1号)にまとめた。本論文は、本分野の先駆的な成果として位置づいている。その他にも、草原が大学院生らとともに米国教員養成大学におけるTA制度の特質を考察した論文(「大学院生の学習システムとしてのGTAの体系とその意義 -クリス・パーク論文が教育学研究者・教師教育者の育成に示唆するもの-」『学習システム研究』創刊号)を執筆するなど、草原らは教師学研究者であり教師教育者となる人材の養成システムの調査・開発に取り組んできた。

 

この一連の取り組みをさらに発展させるために、草原はEVRIの活動の中で国内外の研究者・教師教育者との研究交流も積極的に推進してきた。研究拠点創成フォーラム4「教育学研究者と教師教育者のアイデンティティ」もその一つだ。【具体的な取組1】で紹介した教科教育学パラダイム研究プロジェクトの共済企画として開催されたこのフォーラムでは、日・米・欧の研究者から教師教育者の役割と葛藤に関する様々な実証研究の成果が発表され、フロアとともに白熱した議論が交わされた。

 

(詳細は研究拠点創成フォーラム(4)開催報告をご覧ください

 

さらに、草原・川口らの研究グループでは、武蔵大学の武田信子教授(EVRI諮問委員)らと共同で教師教育者の専門性に関わる調査・研究を進めている。その取り組みの一例として、教師教育者の専門性開発の手法である「セルフ・スタディ」に関する研究を実施している。これは、教師教育者が自らの実践を「批判的友人(Critical friends)」らとともに省察・改善し、個人や組織の実践を改善するための示唆を得ようとする方法論である。

このプロジェクトの成果の一部として、海外のセルフ・スタディの大家による著書を翻訳・解題した本が刊行された(ジョン ロックラン(監修・原著)、武田信子(監修・解説)、小田郁予(編集)、齋藤眞宏(編集)、佐々木弘記(編集)『J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ:教師を教育する人のために』2019年、学文社)。ご関心のある方はぜひご一読いただきたい。

 

 「研究のできる教師教育者、教師教育のできる研究者になりたいなら広島大学へ!」と自信を持って言えるようになりたい

新しい研究領域をひらくEVRIの使命、それが“Innovative Educational Design”。
EVRIの「教育の専門家」研究ユニットは、教育学研究者と教師教育者の専門性を育むカリキュラムの提言をミッションとしている。
草原は、ユニット、クラスタの将来像について、「世界中から、『EVRIと共同研究させてください。広大で講演させてください。』と言ってもらえる、subject pedagogy(教科教育学)とteacher educator(教師教育者)研究のハブ的な存在になれたら」と語った。