menu

 

2020年2月20日更新

 


0. Introduction
はじめに

プロジェクトの概要

広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)は、社会貢献の一環として、日本生命財団40周年記念特別事業「児童・少年の健全育成委託研究」を受け、「学びのユニバーサルデザインに基づく日本型インクルーシブ教育システムのロールモデルの開発」の研究に取り組んでいます。

 

採択事業詳細
●採 択 枠:日本生命財団40周年記念特別事業「児童・少年の健全育成委託研究」
●採択事業名:「学びのユニバーサルデザインに基づく日本型インクルーシブ教育システムのロールモデルの開発」
●委 託 先:国立大学法人広島大学 大学院教育学研究科 代表者:川合紀宗
●事業目的・内容:調査および実践研究を通じて、ロールモデル開発に向けた基礎的データの取得と検証を行う

 

公益財団法人日本生命財団(ニッセイ財団)は、人間性・文化性あふれる真に豊かな社会の建設に資することを目的として、昭和54年7月に設立された多目的の助成型財団です。(平成22年3月1日公益財団法人に移行) この目的を達成するため、現在の社会において特に要請度が高いと考えられる「1 児童・少年の健全な育成」「2 高齢者の福祉と社会参加」「3 環境の改善と健康の増進」の分野を対象とした有意義な事業及び研究に対する助成並びにシンポジウムの開催などの活動を行なっております。
日本生命財団は2019年度に設立40周年を迎えました。その記念として、特別事業「児童・少年の健全育成助成」を行いました。この度、EVRIの川合紀宗が2018年10月~2019年9月の期間で受託し、EVRIメンバーの影山和也川口広美永田良太松宮奈賀子三好美織らが本事業に協力することとなりました。
代表の川合紀宗先生

 

1. Backgroundプロジェクトの経緯・背景

 

発達障害者は、思春期に学習上及び生活上の困難が大きくなることが多く、中等教育段階における支援の在り方を検討することが、生徒の学習上・生活上の困難の軽減や二次障害の予防につながり、ひいては小学校における中等教育段階への接続を考慮した多様な児童への支援の在り方や、中等教育段階から就労または高等教育段階への支援の接続など、学校教育を中心とした日本型インクルーシブ教育システムの構築につながると考えられます。

従来、特別支援教育と教科教育の専門家が連携しながら実施する研究は極端に少なく、学習に困難のある児童生徒に対する教科学習の在り方に関する実践的研究については、これまで主として特別支援教育の専門家が実施してきた経緯があります。しかし、彼らは必ずしも教科内容学・教科教育学・教育実践学について深く学んできているわけではないため、各教科の哲学的側面を理解しないまま、ストラテジー的に内容を学ばせる傾向がありました。 (詳しくは、インクルーシブ研究クラスタの特設ページをご覧ください。)

 

 

そこで、特別支援教育、教科教育、心理学、日本語教育学等の専門家(計 15 名)が連携し、公立学校2校をフィールドとしながら、学習上(学習内容の習得・学習への意欲)・生活上困難のある生徒に対する包括的な支援の在り方について、まずは教員への支援から検討することが、日本型インクルーシブ教育システム構築につながりやすいと考えました。

■プロジェクトの目的

本プロジェクトでは、2018 年度より特別支援教育が開始された高等学校段階やその前段階である中学校段階において、多様な学びを保障する支援の在り方を検討するために、A 県内の公立中学校(X 校)・高等学校(Y 校)を主たるフィールドとし、教員のインクルーシブ教育に対する意識に関する調査、フィールド校におけるインクルーシブな実践の観察・検討や、代表研究者による講義や先進校の視察等による研修の実施、指導補助を行う学生の派遣による学校支援を行い、その効果を検証することで、日本型インクルーシブ教育システムのロールモデル開発に向けた基礎的データを取得及び検証することを目的としました。

■5つの取り組み

具体的には、主として中等教育におけるインクルーシブ教育構築の在り方を模索することを中心とし、以下の計5つを実施し、中等教育における日本型インクルーシブ教育システムのロールモデル開発に向けた基礎的資料を得ました。

 取り組み①:フィールド校の教員のインクルーシブ教育に対する態度に関する調査

 取り組み②:多様な学びを保障するための教示方法や教材の工夫などの教科教育における合理的配慮の取組状況に関する調査

 取り組み③:心理的なサポートやソーシャルスキルトレーニングを含む支援の実態に関する調査

 取り組み④:先進校視察による新たな実践知の探求

 取り組み⑤:障害以外の多様性のある生徒も包含した学校・学級経営、合理的配慮、生徒指導の在り方についての研修効果の検証

 

以上の取り組みについて、①②④に事例を絞り、紹介いたします。

 

2. Activities & Outputs活動と成果

取り組み①:教員のインクルーシブ教育に対する態度に関する調査

■目的

特別な教育的ニーズのある生徒を通常の学級で受け入れることや、特別な教育的ニーズの有無に関わらず、すべての生徒が通常の学級に受け入れられるインクルーシブな学級で教えることに対してどの程度意義や教育効果を感じているかについて尋ね、教員のインクルーシブ教育システム構築へのレディネスの程度を明らかにするとともに、研修内容及びその効果を検討するための基礎資料とすることを目的としました。

■方法

Forlin・Kawai  (2014)の『インクルーシブ教育に対する教員の意識に関する調査用紙(日本版)』を X 校 38 名、Y 校 60 名に対して実施しました。回答方法は、教員経験年数等を尋ねるフェイスシートを除き、1(全く同意できない)~6(全く同意できる)までの6段階のリッカート尺度を採用しました。

■結果

X校では、2018 年10月に第1回、2019 年9月に第2回の調査を実施し、35 名の教員から回答を得ました。図1・2は、X 校教員の「特別な教育的ニーズのある児童を教える自信の程度」に対する回答傾向を示したものです。

自信の程度については、1(とても低い)~5(とても高い)で、6は無回答です。両者とも「とても高い」と回答した者はいませんでした。第1回と第2回を比べると、「高い」の回答が減ったものの、「やや高い」が大幅に増える結果となりました。半数以上の教員が特別な教育的ニーズのある生徒を教える自信が以前よりもある程度身についたと考えられます。「高い」の回答が減った理由については、回答者の記述内容の分析より、「目の前で困難を示している生徒に対する支援の手だてのレパートリーが少ない」、「支援効果が実感できない」等の理由から、「高い」から「やや高い」あるいは「やや低い」へと回答が変わった、等が見受けられました。

■考察

特別な教育的ニーズのある児童生徒を通常の学級で受け入れることに対する考えについては、1回目と2回目の調査では、明らかに「受け入れるべき」という考えを示す教員の割合が増加しました。また、特別な教育的ニーズの有無にかかわらず、すべての児童生徒が通常の学級に受け入れられるインクルーシブな学級で教えることについても、児童への直接的介入においては自信の程度が高くなりました。しかし、家庭との連携、適切な個別の指導計画の作成、インクルーシブ教育についての情報提供の3つについては、2回目の調査においても自信のある教員は9%以下でした。

 


取り組み②:多様な学びを保障するための教示方法や教材の工夫などの教科教育における合理的配慮の取組状況に関する調査

■目的

近年、通常の授業においても積極的に「学びのユニバーサルデザイン」を取り入れる試みがなされています。特に、社会科(地理歴史・公民科)は、その教科特性として、現在・未来の民主主義社会の形成者として必要なシティズンシップを育成する中心教科のため、多様性を尊重した社会形成を行う上でも、社会科の役割は重要です。

Y 校は複数の教育課程が設置されているフレキシブルスクールであり、他学校と比べても、多様な学びが展開されやすい環境にあります。こうした学級において、社会科の教員は多様な生徒をどのように支援しているのか、またどのような悩みや課題を感じ、乗り越えようとしているのか、指導支援上のストラテジーや教員による取組上の工夫の実態を明らかにすることを目的としました。

■方法

Y 校社会科(地理歴史科・公民科)教員に対する授業観察及び聞き取り調査を行いました。事前訪問は2019 年2月に、本調査は同年6月に実施しました。

■結果

対象者のうち1名の教員の実践を紹介します。

(1)実践の概要

6 月 27 日(木)夜間1限目(14:40〜15:30)と2限目(15:40~16:30)に行われた現代社会の授業です。学習内容はそれぞれ「現代の企業」と「市場のしくみ」。対象学生は第2学年の生徒5名でした。授業の概要は下表の通りです。

この実践では、ユニバーサルデザインの方略を用いたインクルーシブ教育実践が多くみられました。例えば、ユニバーサルデザイン方略の「焦点化」については、社会的見方・考え方を明確化・具体化していました。「現代の企業」の授業では、企業の資金調達の仕方について教師が発問した際、生徒は「株」と発言し、非常に抽象的でした。そこで教師は「株をどうするん?」「他の会社の株を買って、なんかする。どうする?」「金もうけする。どうやったらもうかる?」のように、生徒の発言を具体化する発問を繰り返していました。

一方で、課題もいくつか浮かび上がりました。まずは、個別の特性に対応するアプローチに関してはほとんど見取ることができませんでした。このことは教員自身がインタビューでも述べていました。また、社会的アプローチにおいて社会科授業のユニバーサルデザインを用いた方法面での工夫はみられたましたが、障害や多様性について授業で学ぶといった目標・内容面での取り組みは見られませんでした。

■考察

もちろん「違い」を無くすことも大切な視点ですが、同時にその「違い」を肯定していくことも、人々の包摂を目指すためには重要になってきます。これは、現在生じている不利益状態に対して直接的な解消を目指すのではなく、他に肯定的に評価できる価値を創出することで、相対的に不利益状態を軽減するといったアプローチを取ることについても考慮することが重要です。今後、多様な学びを保障するための試みとして、今回見えてきた課題を解決できるような実践の構築や展開の方向性を探っているところです。

 

この調査の成果は、久保美奈・川口広美(2020)「教師にとって障害者とはだれか」『特別支援教育実践センター紀要』第18号(印刷中)として刊行されました。


取り組み④:先進校視察による新たな実践知の探求

■目的

様々な課題のある生徒が在籍し、生徒指導上の多様な状況に対応するための具体的方策を必要とする学校に対して、合理的配慮や学校経営上の工夫、インクルーシブ教育システム構築の在り方を提案するために、インクルーシブな実践を通して生徒指導上の課題を克服し、効果的な指導を行っている先進校を視察し、生徒に対するより優れた学習面・生活面への指導を検討するための新たな知見を得ることを目的としました。

■方法

先進校2校(都立 A 高等学校及び B 区立C 中学校)へ Y 校生徒指導担当教員2名を派遣しました。両校における指導実践の観察・分析を通して、生徒の学習面・生活面への指導の在り方を検討しました。

■結果

都立 A 高等学校では、小・中学校時代に不登校経験を持つ生徒や長期欠席等が原因で高校を中途退学した者が多く在籍していました。そのため、教育相談体制は、場所・人ともに、手厚く整備されていました。問題行動に対する指導にあたっては、当該生徒やその保護者等との面談を重ね、真の行動変容を促すための指導を徹底していました。

B 区立 C 中学校では、学校、保護者、生徒で検討を重ねた結果、全ての校則を廃止しました。但し、法律に反する行為が発生した場合には、警察へ通報しているとのことです。威圧的な指導はしなくても、学年が上がるに従い、生徒は落ち着き、学習へ向かうようになっていました。C 中学校では定期考査は実施せず、その代わり毎週各教科で「積み重ねテスト」を実施しており、積み重ねによる学びの成果を生徒自身が実感しやすいように工夫がなされていました。

■まとめ

A 高等学校では、教育相談体制が確立されており、情報の入手から支援へ結び付けるまでの取組が組織的に実施されていました。教育相談部主任の動き方、中高連携の方法、情報収集の視点、校内研修会の実施要領、相談室のレイアウト等、参考にすべき実践知が多く明らかになりました。

C 中学校では、校則を基盤とした画一的な教育ではなく、「個」を尊重しながら、本質的な成長を促すための教育活動が、長期的な視点を持って実施されていました。校内では「対話」が重視され、それがあらゆる瞬間に体現されていました。そのような生徒対応のスタンスが実践知として大変参考になりました。


 

事業に関するインタビューの様子

 

 

3.conclusionまとめと展望

■生徒への支援のみならず、それを支える教員側への支援の在り方を

本プロジェクトでは、教員のインクルーシブ教育に対する態度、教科教育における合理的配慮の取組状況、心理的なサポート等の支援の実態、新たなインクルーシブ教育実践知の探求、障害以外の多様性のある生徒も包含した学校・学級経営、合理的配慮、生徒指導をテーマにした研修効果の検証を実施し、中等教育における日本型インクルーシブ教育システムのロールモデル開発に向けた基礎的資料を得ました。環境整備と合理的配慮は、車の両輪のようなものです。どちらか一方が欠けてもインクルーシブ教育システムは推進されません。特に学校におけるインクルーシブ教育システムの構築にあたっては、環境整備も大切ですが、学校や教室、授業、学校生活の場、行事等における合理的配慮についても、生徒の実態を鑑みながら適切に実施していくことも大切です。そのためには、管理職教員のインクルーシブ教育に対する肯定的な態度や、多様な学びを保障することの重要性に対する高い認識力、他の教員への啓発力が求められます。

今後も、研究者と実践家が連携を図りながら理論知と実践知の融合を図る研修機会を設けることが必要でしょう。実践研究として、国語、数学、理科、外国語等、今回の研究では取り上げられなかった教科等における多様な学びを保障するための合理的配慮の在り方についても検討が必要と考えています。そのためには、ICT 機器の活用や教室環境の整備なども視野に入れた継続的かつ発展的な内容を含んだ研修を実施し、それを受講したフィールド校の教員が実践を重ね、再び研修の場においてその効果の検証を行ういわば「持ち帰り研修」形式による学びの深化及び学んだ内容の普及が必要です。さらに、多様な生徒への支援の在り方のみならず、彼らを支える教員側への支援の在り方についてもさらに追究していくことが必要です。

 

■日本型インクルーシブ教育システムの構築に向けて

国立特別支援総合研究所では「インクルCOMPASS」を作成しています。「インクルCOMPASS」とは「インクルーシブ教育システムを推進し、主体的取組を支援するための観点」のことです。COMPASSは、英語表記である「Components for Promoting Inclusive Education System and Assisting Proactive Practices」の頭字語です。

COMPASSの表紙に「インクルーシブ教育システムを推進するための地域や学校などの主体的な取組を支援します」と書かれている通り、学校の主体的取り組みを支援するために作成されました。学校の取組状況を7つの観点でチェックするシートや、全体の進捗状況を俯瞰するためのナビゲーションシートで構成されています。「学校の先生方はどのような態度か?」といった曖昧な評価指標ではなく、学校の先生方が「具体的・実質的になにをしているのか?」で評価できる日本の文化・制度の独自性を考慮した尺度ができあがりつつあります。

 

国立特別支援教育総合研究所の「インクルCOMPASS」

インクルーシブ教育は、国・文化によって変化があってもいいでしょう。例えば、バングラデシュでは、特別支援学校はありますが、普通学校に行けない子どもたちがたくさんいます。インドネシアでは、特別支援学校はありますが、普通学校に行くと困難を抱える生徒の受け皿のような扱いになっています。同様に「日本型」のインクルーシブ教育が存在すると考えており、そのシステム構築を目指します。しかし、当然ながら日本国内でも地域・学校によって状況は異なります。国立特別支援教育総合研究所でも様々なリソースが出ていますが、その活かし方はやはり状況によって違います。しかしながら、多様な生徒に対応する教師・学校の体制づくりの根っこになる部分はあると考え、それを追究しています。それがインクルーシブ教育クラスタの「どんな子も『学んだ!』と思える教育実践」という目標達成に向けて重要だからです。

 

■世界水準のインクルーシブ教育システムへ

一方で、インクルーシブ教育クラスタが目指すのは世界水準のインクルーシブ教育システムです。世界的な潮流は、障害がある・ないに関わらない、通常学校を含めた全ての子どもたちの「多様性」を対象としたインクルーシブ教育です。少人数や個別がメインとなってきた特別支援教育の研究が、通常の学級を考える時、教科の目標・内容の達成という視点のほかに、教育の学習空間やその中の集団をみる必要も生まれてくる。環境整備、合理的配慮、国内質向上、世界水準化という車の4輪駆動を実現するため、引き続き活動をしていきます。

 

ContactEVRIとの共同事業等へのお誘い

私たちEVRIは、EVRIの掲げるミッションとヴィジョンを達成するために、共同事業、共同研究、受託研究および講演等をお引き受けいたします。
ご依頼やご質問は、EVRIの運営支援チームに遠慮なくお問い合わせください。連絡先は次のとおりです。

e-mail :evri-info@hiroshima-u.ac.jp
Tel & Fax: 082-424-5265
contact >