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Research「インクルーシブ」研究クラスタ


特別支援教育と教科教育がタッグを組んで出来ること

― どんな子も「学んだ!」と思える教育実践を

記事公開日:2019年3月13日

研究拠点創成フォーラム(2):「通常の学校における学校全体で取り組むインクルーシブ教育の実践」の様子(2018.2.3)

 

「特別支援教育」への注視・重視は年々高まっている。国連「障害者の権利に関する条約」の発効を皮切りに、ここ数年で我が国の障害者施策は目まぐるしい変化を遂げている。このような変化は、特別な教育的支援を必要とする児童生徒のみならず、外国籍や貧困などのマイノリティを含む多様な児童生徒に対する教育にも着目されるようになったことからも明白である。このことは、多くの人が現代社会の変化で感じていることではないだろうか。

なぜ、それを皆が感じているのか。それは「通常の学級」が変化しているからである。これまでも教育的マイノリティは存在し、それが認められ特別な配慮がされてきた。しかし、その考え方は「教育的マイノリティとして集め、支えればいい」という、マジョリティによってマイノリティが支えられるようなあり方が前提となってきた。しかしながら、現在は通常の学級の中に、多くの「学びにくい子」が当たり前にいる、そしてそれが認められる社会となっている。そんな社会に呼応するように変化する通常の学級において、その後の未来の社会を形成する子どもたちにどのような教育をすればいいのか。また、そのような教育を考えていくため、どのように研究を進めていけばいいのか。それは、教科教育だけで考えるだけでは足りず、特別支援教育だけで考えるのでも足りない。さらにいえば、研究者だけがこのことを考えていれば良いわけではなく、様々な専門職が連携しながら学校現場の不安や悩みを和らげつつ、どの教師も児童生徒の実態に応じた合理的配慮や指導上の工夫を日々の実践に取り入れるようにしていかなければならない。

本クラスタのリーダー:川合紀宗先生(以下、敬称略)は、上記のような課題に問題意識をもちながら、自分自身の専門である特別支援教育に固執しない、教科教育学者と協力した研究に取り組んでいる。目まぐるしい変化の中で、今後の未来で重要となる教育実践・教育研究をどのように考えているのか。その理想のヴィジョンを教えて頂いた。

 

「インクルーシブ」研究クラスタリーダーの川合紀宗先生

 

 

 

 

ありそうでなかった特別支援教育と教科教育の連携

川合が代表として取り組んでいるのが挑戦的研究(萌芽)「インクルーシブ教育システムの構築に向けた小学校外国語教育カリキュラムの開発的研究」(平成29年度~平成31年度)である。目まぐるしい変化する我が国の障害者施策では、通常の学級においてもインクルーシブ教育システムの推進や合理的配慮の実施が求められるようになっている。しかしながら、意外なことに、これまで教科教育と特別支援教育の研究者が連携し、教科・領域等のカリキュラムや実践方法、教材の開発が行われてこなかった。そこで、グローバリズム・インクルージョン・ダイバーシティの観点を盛り込んだ新たな実践やカリキュラムを、教科教育を専門とする研究者と特別支援教育を専門とする研究者が連携して開発しようという試みが本科研である。

 

■特別支援教育が得意とする「合理的な配慮」、しかし…

川合は米国で音声言語病理学の博士号を取得し、長年吃音の研究を進めている特別支援教育を専門とした研究者である。川合は、特別支援教育の研究者の強みは、合理的な配慮をいかに考えるかだという。例えば、対象となることが多い算数について考えてみよう。「くりあがり」の学習において合理的な配慮を考える際、子どもたちのつまずきをみる。そのつまずきをミクロ的にみて分析し、「繰り上がった数字だけ色を変えてみよう」や「マス目をつけてみよう」など合理的配慮を考える。このように通常の学級においても、指導ストラテジーを改善したり学習のつまずきを予防したりすることは得意としてきた。しかしながら、その配慮は「くりあがりの計算ができるようになること」へ向けたものになっているが、それが教科として達成すべき目標・本質へつながっているかは別だ。数学教育であれば「なぜくりあがりを教えるのか、そこではどのような能力が身につくのか」などを考慮するであろう。

 

■教科教育が得意とする「教科の本質」、しかし…

教科教育の研究者の強みは、教科の本質を見抜けることにある。学界の中でそれを議論できる風土が存在しており、実際に長年議論が重ねられてきた。一方、教科教育がもってきた課題は、平均的な子ども、もしくはそれ以上の子どもたちを主に対象とすることが多かったということだ。研究手続き上の理由はあると推測されるが、通常の学級においても多くの「学びにくい子」がいる現代社会において、どのように教科教育をすることがよいのか、調査や議論はあまり進んでいないことは課題と言わざるをえない。「今回の取組が、教科教育の中でも学びにくい子をどうするかを考えるキッカケとなるのでは」と川合は考えている。

 

■特別支援教育と教科教育はWin-Winのタッグ

特別支援教育の研究者にとって研究上の力不足していた教科の本質についての議論をふまえ研究ができること、教科教育の研究者にとって対象になりにくかった「学びにくい子」を対象にすることで学界の課題や社会の要請に応えられること。それぞれのウィークポイントを補うこと、それぞれの気づけなかった視点に注目できること、様々なメリットがある。また、少人数や個別がメインとなってきた特別支援教育の研究が、通常の学級を考える時、教科の目標・内容の達成という視点のほかに、教育の学習空間やその中の集団をみる必要も生まれてくる。

具体的にどのような研究ができるのか。それを明らかにするため、今回は初等教育における外国語教育を事例に挑戦をしている。

 

 

「私は教科教育については素人です…」と謙遜する川合先生

 

 

 

 

タッグを組む契機

文部科学省の統計によると、小学校の通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童は全体の7.7%在籍している。(文部科学省,2012)特別支援教育への注目は高まっているが、なぜ教科教育との連携をしようと思ったのか。その契機を3つ教えて頂いた。

 

【きっかけ1 初等外国語教育の必修化】

新たな学習指導要領の改訂において、外国語教育が初等教育でも必修化された。グローバル化社会の中に生きる未来の子どもたちにとって、外国語でコミュニケーションをとる必要がある。さらに、それは単に言語を操る能力があればグローバル人材となりうるわけではなく、文化や慣習、言語などの違いを受容し、多様性を理解できる資質をもった人材の育成が同時に必要となる。これは、近年注目されているIB教育とも関連する目標だ。

 

【きっかけ2 同じ想いをもつ先生との巡り合い】

特別支援教育の範囲に限らない多方面とのつながりから、同じ思いをもつ研究協力者に巡り会えた。島根大学の大谷みどり先生・広島大学の松宮奈賀子先生は、外国語教育を専門とされている。大谷先生は、第二言語習得やインクルーシブ教育の観点から、特に学習やコミュニケーションに困難のある児童・ない児童の双方が個々の違いを受容しながら取り組める「学習内容」「評価法」の開発を行う。松宮先生は、初等外国語教育を専門とされ、外国語学習・指導の不安に関する研究を行ってきた。その経験から、心理面への配慮をふまえた「学習内容」「評価法」の開発を行う。愛媛大学の中山晃先生は、外国語教育を専門とされているが、元々は心理学の分野で特別支援学級のなかの外国語教育に関する研究に従事していた。

 

【きっかけ3 包括的支援の必要性を感じる川合自身の想い】

川合の専門は医療系の言語障害が専門だ。長年、「吃音」の研究をしてきたが、その研究分野について、川合は包括的な支援の必要性を感じてきた。

「医療系は細かい部分にしぼって研究する傾向がある。吃音なら吃音、のような。吃音の子は心理的なところからコミュニケーションに問題が生じることで、自殺してしまったり…。そんな中で発話の部分だけ訓練すればいい、なんて考え方もあるけど、もっと包括的な吃音支援が必要なんです」

川合は、米国で研究していた頃の指導教員や言語療法士の経験から、発音の部分だけの訓練ではなく、もっと包括的な支援が必要と考えている。継続して吃音の研究もすすめており、アメリカでの知見をもとに今後出版する予定だという。(現在は基盤研究(B)「吃音の高校生に対する効果的な通級による指導及び担当教員の養成システムの開発的研究」(平成29年~33年度)を得ている)

 

国内外の同じ想いをもつ研究者と協力している(2017.12.25)

 

 

 

先生の「悩み」からカリキュラムを開発する

 

【具体的な取組1】先進例の学校現場視察

本クラスタでは現状分析を重視している。現状の外国語教育(活動)における問題点や課題、優れている点等を検証するために、国内外の学校と連携し、先進例の視察や情報収集を行っている。特に、現場の先生から「悩み」をきくことで、どのようなカリキュラムを開発すればよいかを現場レベルから検討し、普通の学校、特別支援学校、特別なニーズをいれた子どもを受け入れる学校に聞き取り調査やアンケート調査を行ってきた。川合は「今は指導者の能力開発に力を入れている状況です。子どもの達成もみないといけないんだけど、まずは、教師の何ができて何ができないか、を検証からはじめました。優れた実践家のGood practiceから学べるところも活かしながら、実践をしてみて、そこから子ども中心に研究できていければと考えている」と語る。
さらに調査対象には、インターナショナルスクールも含めて、国際バカロレア(IB)機構の言語教育カリキュラムを取り入れた実践も分析している。意外にもIB教育は特別支援教育では注目があまりされていないが、国際化を視野にいれ、研究をしている。

これらの調査結果については、広島大学大学院教育学研究科附属「特別支援教育実践センター」で刊行している紀要に掲載を予定している。当センターでは現在、「教育相談・臨床」「研究」「研修」「地域貢献」の4つの領域にわたる事業を展開している。(詳細はHPをご覧ください)

また結果の一部は、LD学会のシンポジウムにて発表を行っている。カリキュラム開発については次年度に向けて動き出し、いずれアメリカでの学会発表することを含めて検討している。

広島大学大学院教育学研究科附属「特別支援教育実践センター」

 

【具体的な取組2】海外研究者と協力

元々つながりのある海外の研究者に研究協力者として関わってもらっている。学習内容開発、カリキュラム開発、教材・指導ストラテジー開発、評価法開発、のあらゆる面で、知見を集め研究を行っている。下記に示された研究協力者以外にも、世界各国の研究者とつながりをもっており、EVRIの講演会でも招聘し交流を繰り返している。

 

研究組織の全体像

 

2017年12月25日の第5回定例セミナーでは、サクラメント州立大学のEunMi Cho先生を招聘し、通常の学級におけるインクルーシブ教育の実践のあり方について、理論と実践の両面からご講演いただいた。研究分担者である大谷先生のつながりから、招聘が実現した。現在では、研究の協力者の一人となっている。

 

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【広報用レター EVRI Letter No.11】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます。)

 

 

2018年2月3-4日の研究拠点創成フォーラム(2)では、香港教育大学のDr. Chris Forlin先生とダッカ大学のDr. Tariq Ahsan先生を招聘し、通常の学級における学校全体で取り組むインクルーシブ教育の実践について、ワークショップ・シンポジウムを開催した。初日は、インクルーシブな学級・学校づくりのために教師や管理職がやるべきことについて、演習を交えながら意見交流をした。二日目では、インクルーシブ教育をどのように捉え、概念化し、研究や実践につなげていくかについてご講話頂いた。

 

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【広報用レター EVRI Letter No.15】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます。)

 

 

2018年11月2日では、インドネシアのアフマド・ダーラン大学のTrikinasih Handayani教師教育・教育学部長をふくむ5名の研究者を招聘し、インクルーシブ教育や品格教育に関するスペシャルセミナーが実現した。EVRIメンバーで社会認識教育学講座の川口広美先生も参加され、特別支援教育にとどまらず、多様性を認め合う社会に成熟するためには教育の立場から何ができるかをめぐって活発な議論が交わされた。

【確定】EVRIレターno.37インクルーシブ教育と品格教育のサムネイル

【広報用レター EVRI Letter No.37】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます。)

 

このように海外とのつながりを大切にしている川合。「特に、アジアの大学では広島大学に『憧れ』をもち、『つながり』をもちたいと思ってくれている。そんな味方になってくれる大学を大切にしていきたい。」と語った。

 

 

 

意義と展望

■すべての子どもたちが学んだ!って思えるような教育実践を!

川合の研究の意義の根本には「全ての子どもたちが生まれてきてよかったと思ってほしい」という思いがある。中間層やGiftedとよばれる能力の高い子どもたちのみならず、先程から話に登場してきた「学びにくい子」も含めた全ての子どもたちが社会に出て、未来の社会をつくる形成者となる。「しかも今は混沌とした世の中ですよね。我が国でいえば、少子高齢化、外国からの移民受け入れ。そんな自分たちが生きていく社会を自分たちで形成しないといけない。」以下のようにも語る。「マジョリティであろうが、マイノリティであろうが国の中で活躍していただきたい。きちんと就労して、税収も増やして…笑、そんなことも含めて教育が国の力になっていく。」
そして、社会の中で活躍してもらうために、社会的判断力の育成も重視している。「例えば、企業へ就職をする。その際、ブラック企業に入らないでほしい。企業の良し悪しを判断するのは、やはり教科を通しての学びに依る範囲が多い、特別支援では支援しきれないところがある。」理想は明確だが、どう学びの保証をしていけばよいのか。「その良い教育を、特別支援教育というアングルで考えている」のが川合だ。学校で学び、社会で活躍できる。それが川合のもつ理想の結果「生まれてきてよかった」の実現なのだ。

 

■学校が自力で研究をして、“学校の力”をつけて!!

教科教育に特別支援の考え方を取り入れること自体は比較的簡単だと川合は言うが、それを大学教員が研究することの困難性を指摘する。学校現場とはどうしても距離感が存在する大学の研究者では、授業中のミクロな分析はできても、教師と生徒との関係性や学級経営、生活指導などをふまえたマクロな分析はできない課題がある。そこで川合は以下のように、各教師と学校の力による実践・研究の推進が必要と考える。「チーム学校、学校が一体となって合理的配慮を推進してほしいと思います。学校の先生たちが議論できるようになれば、“学校の力”になる。そこに研究者に訴える力が生まれ、その意見に対して学会や研究者からの理解も増えるのが理想です。最も子どもと寄り添う学校現場のたくさんの知見から、研究者も驚くような研究が生まれてほしい。研究も発展し、子どもにとっても良い教育が実現できる。そんな土壌を育てたい。」子どもの利益にも早くつながることもあり、どんどん外部にむけた発信をしてくれることを願っている。

 

■特別支援学校ではない通常学校での特別支援の推進

川合はこうも言う。「特別支援教育が正義!みたいな話もそれはいやで。教科の方からプラクティカルに提案していけるようなカタチになるといいと思う。」通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童のみならず、外国籍や貧困などのマイノリティを含む多様な児童に対する、エビデンスに基づくカリキュラムや実践・評価方法の提供につながる。これも大きな意義の一つだ。

 

理想ヴィジョンの豊かな川合先生

 

 

EVRIもいつか、国立の部署に!

川合は以下のようにEVRIで研究をする意義の一つを以下のように語る。「EVRIは、教科教育の先生が多く所属している。名前や顔は知っているが、研究は知らなかった。しかしながら、EVRIを通してどんな研究をしているのか理解できる。『学習空間』研究ユニットの知識創生クラスタも特別支援と関連している。」

海外とのつながりも深い川合にとって、EVRIという組織は海外に説明しやすいと言う。アメリカでは国立機関の部署が大学にあるという事例は多いという。例えば、母校の1つであるコロラド大学ボルダー校には国立気象研究所があるらしい。最後にこんな理想のヴィジョンを語った。「いつか、国立特別支援教育総合研究所などと連携できたら。今は広島大学の教員で固まっているが、他大学との連携・共同する可能性も模索したい。」

 

【関連文献】

記事公開日:2019年3月13日