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2019年1月6日更新
2020年3月6日更新
2020年3月30日更新

 

0. Introductionはじめに

プロジェクトの概要

広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)は、社会貢献活動の一環として、2017年度から2019年度にかけて、ひろしま平和貢献ネットワーク協議会が独立行政法人・国際協力機構(JICA)より受託した草の根技術協力事業「カンボジアにおける持続可能な社会構築のための社会科カリキュラム・教科書開発支援」プロジェクトに協力しています。

 

事業概要
●事業枠    :独立行政法人・国際協力機構 草の根技術協力事業(地域活性化特別枠)
●事業名    :「カンボジアにおける持続可能な社会構築のための社会科カリキュラム・教科書開発支援」
●連携・協力機関:ひろしま平和貢献ネットワーク協議会(国際社会の平和と発展に貢献することを目的に、県内の行政、経済団体、大学などで構成)、カンボジア王国教育・青年・スポーツ省(カリキュラム・教科書改訂委員会、教育総局、カリキュラム開発局等)
●背景・必要性 :長期にわたる内戦を経験して復興途上であるカンボジア王国は、2015年9月に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」の実現に向けて、教育の質的改善に一層の努力を払おうとしている。具体的には、前期中等及び初等教員養成校の2年課程を4年とすることにより質の高い教員を育てようとしているほか、カリキュラム・教科書の改訂を予定している。本事業では、1)広島県が培ってきた社会科や平和に関わる教育実践の成果、2)同県がこれまで同国の小学校教員養成校で蓄積してきた授業研究の研修手法等を活かして、カンボジアにおいて地域−国家−世界を結び、持続可能で平和な社会構築に資する社会科のカリキュラム・教科書改訂支援を行う。

 

独立行政法人・国際協力機構(JICA)は、開発途上地域等の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的とした団体であり、「1.質の高い成長と格差是正」「2.普遍的価値の共有と平和構築の推進」といった5つの基本方針のもと、多岐にわたる活動を行っています。その中のひとつに「草の根技術協力事業」があります。これは、国際協力の意志のある日本のNGO/CSO、地方自治体、大学、民間企業等の団体が、これまでの活動を通じて蓄積した知見や経験に基づいて提案する国際協力活動を、JICAが提案団体に業務委託してJICAと団体の協力関係のもとに実施する共同事業です。中でも「地域活性化特別枠」は、地方公共団体が主体となって提案・実施する事業形態です。地方公共団体や当該地域の企業の知見・経験・技術等を活用した海外展開と、途上国の開発課題の解決との両立を目指し、途上国への貢献だけではなく日本の地域や経済の活性化にも貢献するwin-winの関係を築くことが期待されています。

この度、広島県が設立・運営する「ひろしま平和貢献ネットワーク協議会(事務局:広島県庁)」が応募した上述のJICA草の根技術協力事業(地域活性化特別枠)が採択されたのを受け、EVRIとそのスタッフである草原和博教授桑山尚司講師大坂遊教育研究推進員守谷富士彦教育研究推進員(2018-2019年度従事)、吉川友則さん(2017年度従事)らは、専門家として本事業に協力することとなりました。

 

1. Backgroundプロジェクトの経緯・背景

なぜカンボジアなのか?

世界遺産アンコールワットで有名な東南アジアのカンボジア王国。今では常に「行ってみたい国」ランキングで上位に位置するこの国ですが、1970年代から約20年間、ポル・ポト時代とその後の内戦を経て国土は荒廃し、国際社会に復帰するまで長い時間を要しました。ポル・ポト時代には知識人だけでなく老若男女が虐殺の犠牲となり、その名残で今でもカンボジアには年配の層が極端に少なく、子ども達が極端に多いというのが現状です。

1990年代以降は日本を中心とした世界各国から多くの支援・国際協力が行われ、カンボジア王国は近年目覚ましい経済発展を遂げていますが、教育制度やインフラの整備はまだまだ発展途上の段階であり、引き続き国際社会からの支援が必要な状況です。カンボジアの教育制度は日本と同じ6・3・3・4制で、最初の9年間(小学校6年+中学校3年)が義務教育となっています。長期的には就学率は高くなってきていますが、カンボジア政府による2016/17年の統計で小学校の純就学率は約94%、中学校の粗就学率は約56%となっています。特に地方農村部では子どもが貴重な労働力となっているため、義務教育課程においても、出席日数が足りずに留年する児童も多くなっていると言われています。

広島県とJICA中国は長年、草の根技術協力事業などを通して様々な形でカンボジアの教育改革を支援してきました(「カンボジア元気な学校プロジェクト(2005年~2008年)、「カンボジアにおける小学校教員の授業能力の向上事業(2008年〜2011年)」、「タケオ州における授業研究による教員の授業能力の向上事業(2011年〜2014年)」、「カンボジアにおける持続可能な社会構築のための教育改善事業(2014年〜2016年)」。これらのプロジェクトは、戦争の惨禍を経験した「ヒロシマ」ならではの知見を活かし、内戦で傷ついたカンボジアの平和構築に貢献するという共通したミッションに支えられています。

本事業は一連の事業の成果とノウハウを引き継いで実施されるもので、「持続可能な社会」の構築に向けたカンボジア型教育の構築に向けて、初等・中等学校の社会科カリキュラムと教科書改訂を支援することを目的としています。この事業には教科教育(社会科教育)の専門的知見を持つスタッフが必須であり、広島県からの要請を受けてEVRIとそのメンバーが事業に全面的に協力することとなりました。

なぜ社会科のカリキュラム・教科書なのか?

カンボジアの社会科は、地理や歴史や公民といった日本でも馴染み深い領域だけでなく、道徳や家庭科、ライフスキルにアート(文化・芸術)など、極めて幅広い領域を包摂した総合的な教科です。社会科のカリキュラムの目標は、教育計画において次のように説明されています。

社会科は、人々の価値を引き上げ、現在の児童・生徒が将来の国家におけるよき市民となるために、自らの資質・能力を理解し、生活の中で倫理観をもち、規則を守り、責任をもって社会・コミュニティー・家族とともに安寧に暮らすことができ、文化・芸術を守ることを重視して身の回りの世界を理解し、クメールの価値を守ることを重視して芸術・美術を愛する精神を持ち、過去から現在までの社会の歩みを理解し、域内の他国から地理・国民・経済の状況を理解し、自国の発展と建設に参画することができるように教育する。
*Ministry of Education, Youth and Sport. 2006. Curriculum for Basic Education. Phnom Penh:MoEYS. (in Khmer)より引用、日本語訳

カンボジアの社会科カリキュラムが広領域で、学校教育の中核的な役割を担っている背景には、約20年間の内戦があります。長い間、同じ国民同士が対立した経験をもつカンボジアでは、安定した国民意識形成や市民性育成を担う社会科教育を充実させることが、持続可能で平和で民主的な社会を構築していくために不可欠です。しかし、このような社会科の高い理想を実現するための環境はまだまだ道半ばであるといわざるを得ません。

カンボジアにおける教育上の課題

課題①:カリキュラム

カンボジアのカリキュラムで、日本でいう各教科の学習指導要領にあたるものは「シラバス」と呼ばれます。現状の社会科シラバスは、小学校から高等学校まで、地理や歴史といった社会科を構成する領域(科目)が独立して作成したシラバスをまとめたものとなっており、目標や系統性に統一感があるとはいえません。また、シラバスの作成スタッフには教育学の専門家がいないため、領域を横断し、系統だったカリキュラムを構想することが難しい状況があります。

課題②:教科書

カンボジアの教科書は、国内唯一の半官半民出版会社であるPublication and Distribution House(PDH)で出版され、全国に配布されています。そのデザインと記述は各領域・単元の知識内容の列挙を中心とした構成となっており、政府の予算不足によりシラバスに対して教科書のページ数や質が必ずしも対応できていません。また、教師用に配布する指導書も全学年・全領域について出版されているわけではなく、社会科教師は授業の拠り所となる指導書が参照できないという現状があります。

課題③:カリキュラム・教科書開発ノウハウの継承

カリキュラム・教科書改訂は約10年ごとに行われていますが、その間でのノウハウの継承ができていません。政府からのトップダウンで組織されるにも関わらず、新たな教育理念について詳しい説明もないまま、カリキュラムや教科書をつくってきた現状があります。カンボジアの教育専門家が社会科のカリキュラム・教科書を自主的・自立的に開発できること、そして開発方法が次世代に継承できるようなシステムづくりが必要です。

課題④:新しい教育理念の発信・普及

カンボジアでは教員研修の機会が圧倒的に不足しており、多くの小学校教師、中学校社会科教師は地域ごとの2年制教員養成校で学んだ経験だけで現場に立ち続けることになります。そういった本人の教材研究・開発にあたる知識や経験の不足や、教育理念・制度を現場に普及する指導主事のような教育コンサルタントの不在もあり、多くの学校では教科書の内容を教え学ぶ授業が展開されています。

この他にも、カンボジアにおける教育関連書籍等の出版状況の脆弱さ、図書館等の教育インフラやインターネット上のクメール語教育情報の量・質的な不足、各学校の教材関連予算の不足など、現場の社会科授業を変革していくための課題が山積しています。これらすべての課題を解決することはできませんが、私たちはシラバスと教科書の開発支援、およびそれらの作成に携わるスタッフの専門性開発を支援することで、間接的にこれらの課題解決に寄与したいと考えました。

 

 

 

2. Activities & Outputs活動と成果

はじめに

本事業の目標は「カンボジアの授業改善に有効な社会科関連教科のカリキュラム及び教科書が改訂され、実施されること」でしたが、当然ながら一足飛びにこの目標が達成されるわけではありません。また、本事業のような国際協力事業は、日本とは異なる他国の、それも複数の利害関係者が関与しているため、我々が想定する当初の目標に方針変更を迫られる可能性もあり得ます。

そのため、本事業では、カンボジア王国教育・青年・スポーツ省(以下、教育省)教育総局、同省カリキュラム開発局(以下、DCD)職員、その他社会科カリキュラム・教科書改訂委員会メンバーらとの協議を重ね、年度ごとに事業計画を立て、実行してまいりました。ここでは、年度ごとの活動とその成果を報告します。


1年目:カリキュラム開発の理論研修と「ベースライン」の確定(クリックすると開きます)

1年目:カリキュラム開発の理論研修と「ベースライン」の確定

プロジェクトの1年目となる2017年度は、現地のカリキュラム・教科書開発スケジュールにあわせて、理論的な側面から社会科シラバス(カリキュラム)開発を支援し、完成させることが優先されました。

ただし、プロジェクトの性格上、われわれ専門家が理想的なシラバス案を提示するのではなく、あくまでもカンボジアのカリキュラム・教科書開発者自身に、自国の文脈に沿ったシラバスを試行錯誤する中で開発してもらえるように研修をデザインしました。また、1年目に限らず、このプロジェクトでは、次回以降のシラバス・教科書改訂も視野に入れて、次世代にシラバスや教科書開発のノウハウが継承されていくように、中・長期的な視野から彼らの専門性開発を行うという方針で臨みました。

あわせて、われわれ専門家の共通する見解として、シラバス・教科書開発の前提となる「現在のカンボジアで行われている社会科授業の実態=ベースライン」を確定する必要があるという認識で一致しました。そのため、現地の協力校や広島県の指導主事の協力を得ながら、継続的に数多くの社会科授業の観察・データ収集・分析も行っていきました。

 

研修名:第1回現地研修「カンボジアの新カリキュラム・フレームワークと社会科シラバス開発の進捗に関する実態把握」

日 時:2017年5月2日(火)~5月7日(日)
従事者:草原和博、桑山尚司

目 標:教育総局及びDCD等のカリキュラム開発者によるカリキュラム・フレームワークの理念や、これまでの教科シラバス開発の成果と課題について実態を把握

研修名:第2回現地研修「社会科カリキュラム・教科書作りの基本原理に関するセミナー」

日 時:2017年6月21日(水)~6月25日(日)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊、金鍾成
目 標:教育総局及びDCDで、社会科カリキュラム・教科書づくりの基本原理についてセミナーを開催

研修名:第3回現地研修「カリキュラム開発・改善・評価のプロセスに関するセミナー」

日 時:2017年10月13日(金)~10月17日(火)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊

研修名:第1回本邦研修「カリキュラム開発の理論セミナー」① 

日 時:2017年11月13日(月)~11月23日(木)
従事者:草原和博、桑山尚司、棚橋健治、川口広美、大坂遊
目 標:
(1)現在作成中の社会科(地理・歴史・公民道徳・家庭経済)のナショナルカリキュラムを改善すること
(2)次回のカリキュラム改訂でカリキュラムを自立的に開発・改善するための専門的能力を向上させること
(3)前半の理論講座や実務研修の成果を踏まえた各分野(地理・歴史・公民道徳・家庭経済)のシラバス改訂作業

研修名:第4回現地研修「現行社会科シラバスに基づく授業構成に関する実態把握」

日 時:2018年1月16日(火)~1月24日(水)
従事者:桑山尚司、平田浩一(広島県立教育センター・副所長 *当時)

研修名:第5回現地研修「カンボジアにおける課題発見・解決型授業のあり方に関する実践モデル提案」① 

日 時:2018年2月14日(水)~2月26日(月)
従事者:桑山尚司、大坂遊、升谷英子(広島県東部教育事務所・指導主事 *当時)

 

 

このような1年目の試行錯誤の取り組みを経て、①四半期に1回、カンボジアへ専門家を派遣し、現地でDCDスタッフのその時々の要望に対応しながら、協力校の教師らも含めてカリキュラム・教科書・授業を一体的に考える臨機応変な研修を実施する、②年度に1回、DCDスタッフ数名を広島に招聘し、カリキュラムや教科書開発に関する理論的で体系的な研修を集中的に実施する、③年度に1~2回、専門家派遣にあわせて指導主事を派遣し、社会科授業の実態調査を行ったり、新しいシラバス・教科書のあり方を体現する授業づくりを現場教師にコンサルティングする、という支援体制が確立されました。この方針は、次年度以降も引き継がれていくことになります。

1年目の活動と成果は、以下の報告書から確認していただくことができます。PDFデータはこちらから参照できます。

 

【1年目に実施した社会科授業の実態(ベースライン)調査の成果】


2年目:教科書開発の理論研修と「デザイン原則」の確立(クリックすると開きます)

2年目:教科書開発の理論研修と「デザイン原則」の確立

プロジェクトの2年目となる2018年度は、昨年度に開発した社会科シラバス(カリキュラム)の理念を実現する授業を実施するための教科書づくりの支援を行いました。

現実的には、3年間のプロジェクトで小・中学校の全ての領域の社会科教科書を完成させることは難しいため、ここでは教科書づくりの基盤となる基本方針=「デザイン原則」をDCDスタッフの中で確立させることが優先されました。広島で6月に実施した本邦研修では、教科書開発に関わる理論の習得と活用を行い、現地研修では広島県の指導主事の協力を得ながら開発したモデル単元を現地教諭とともに実施・検討していきました。

教科書開発は、上図のように「①ベース調査」「②モデル単元開発」「③パイロット調査」「④モデル単元・授業の改善」という4段階で進め、その過程を通して「デザイン原則」を確立させました。「①ベース調査」は学校現場での教科書活用状況や教師の意識調査を行いました。「②モデル単元開発」は、カンボジア教科書開発者が研修での学びを活かしながら、実際に1見開きで1時間の授業実践ができる教科書単元を開発しました。「③パイロット調査」は、開発したモデル単元を現地教育省で指定されているパイロット校で授業研究を行い望ましい点や課題点を見つけ出し、さらに「④モデル単元・授業の改善」を行いました。このサイクルを2018年度と2019年度にかけて2回のサイクルを回し、教科書モデル単元およびモデル授業の開発を進めました。

 

研修名:第6回現地研修「カンボジアにおける教科書活用の実態把握と教科書構成に関するセミナー」

日 時:2018年5月3日(木)~5月6日(日)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊、守谷富士彦
目 標:教科書編集にかかわる基本方針や行動計画を策定
(1)実際に教員が教科書をどのように活用しているのかを知り、セミナーを実施する
(2)諸外国の教科書の特徴や構成についての情報を提供し、自国の現行教科書の特徴や課題を考える
(3)教科書全体の完成に向けて、編集計画(行程表)を作成する

研修名:第2回本邦研修「教科書及び指導書開発の理論セミナー」

日 時:2018年6月18日(月)~6月28日(木)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊、守谷富士彦、吉田成章、川口広美、金鍾成
目 標:教科書及び指導書の開発方法を理論的・実践的に学ぶ、モデル単元の教科書・指導書を実際に開発する

研修名:第7回現地研修「教科書づくりの理論共有とデザイン現地化に関するセミナー」
日 時:2018年9月17日(月)~9月19日(水)
従事者:草原和博、桑山尚司、守谷富士彦
目 標:6月本邦研修で学んだ教科書づくりの理論をカリキュラム開発局スタッフで共有、当初考案した教科書デザイン原則をカンボジアの文脈に合わせて見直す

研修名:第8回現地研修「授業研究を通した教科書モデル単元のパイロット調査」

日 時:2018年12月5日(水)~12月18日(火)
従事者:桑山尚司、大坂遊、丸山博章(広島県西部教育事務所芸北支部・指導主事 *当時)
目 標:広島県教育委員会と連携して授業研究を通して新シラバスの理念を実現するには、どのような教科書が望ましいか検討

研修名:第9回現地研修「授業研究を通した教科書モデル単元のパイロット調査と年次取りまとめ会合」

日 時:2019年2月11日(木)~2月23日(火)
従事者:桑山尚司、大坂遊、守谷富士彦、佐々木孝(広島県北部教育事務所・指導主事 *当時)
目 標:広島県教育委員会と連携して授業研究を通して新シラバスの理念を実現するにはどのような教科書が望ましいか検討、今年度の取りまとめ会合に出席し広島側から見た成果と課題を報告

 

 

2年目の活動は、以下の報告書から確認していただくことができます。PDFデータはこちらから参照できます。

 

【2年目に実施した本邦研修・現地研修の成果】


3年目:カリキュラム・教科書開発マニュアル作成支援と発信・普及体制の確立(クリックすると開きます)

3年目:カリキュラム・教科書開発マニュアル作成支援と発信・普及体制の確立

プロジェクトの3年目となる2019年度(最終年度)は、2年間の研修で学んだ知識や能力を活かしたカリキュラム・教科書開発マニュアルづくりの支援を行いました。
カンボジア教育省の方針により2019年度中の社会科教科書の改訂はなされないこととなりました。代わりに、カンボジアの教育専門家が社会科のカリキュラム・教科書を自主的自立的に開発できるようになり、研修成果を次世代に継承するためのマニュアルを作成し、EVRIはその支援をすることになりました。本邦研修では、これまでの研修成果を振り返りながら、マニュアルのデザインを構想する演習を行いました。現地研修では、マニュアルの内容に関するフォローアップ講習や、マニュアルを実際に他者に説明するブックトーク演習などを行いました。
あわせて、学校教育に関わる各機関がシステマティックに連携し、新しい教育理念が学校現場で実践されるため、教育発信者・普及者としての自律性・専門性向上を目的とした研修にも取り組みました。現地の協力校や広島県の指導主事の協力を得ながら、カンボジアの教育専門家が指導助言者となって授業研究を実施し、モデル授業を開発しました。

研修名:第3回本邦研修「マニュアル開発と今後のアクションプラン策定に関するセミナー」

日 時:2019年7月4日(木)~7月16日(火)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊、守谷富士彦、川口広美
目 標:マニュアル開発の理論を学び、アクションプランをつくる
(1)マニュアル開発のデザイン原則(目的やフォーマット)の開発
(2)マニュアルの章立て・目次、および各章の具体的な内容と構成の作成
(3)今後のアクション・プラン(いつ、何を、誰がつくるのか)を考える

研修名:第10回現地研修「マニュアル開発のフォローアップ」
日 時:2019年9月24日(火)~9月27日(金)
従事者:草原和博、桑山尚司、守谷富士彦
目 標:マニュアル全体の質向上に向けたフォローアップ
(1)マニュアル開発の目的や現状をカンボジア現地で共有
(2)「カリキュラムづくり」(マニュアル第2章)に関する理論ワークショップの実施
(3)「改訂前の準備と、改訂原案のパイロット調査」(マニュアル第1章及び第4章)に関するワークショップの実施

研修名:第11回現地研修「マニュアル開発フォローアップと関係教育部局向けブックトークセミナー」
日 時:2019年10月29日(火)~10月31日(木)
従事者:桑山尚司、大坂遊
目 標:カンボジアの教育専門家の社会科カリキュラム・教科書の開発力を高めるために、研修成果を次世代に継承するマニュアルの作成を支援

(1)マニュアル作成の進捗状況報告・フォローアップ
(2)マニュアルの目的・趣旨説明とブックトーク(関係教育部局向け)
(3)第5章展開・普及編に関する理論ワークショップ

研修名:第12回現地研修「授業研究を通したモデル授業・モデル教科書の開発・発信と事業完了式典」
日 時:2019年12月11日(水)~12月26日(木)
従事者:草原和博、桑山尚司、大坂遊、守谷富士彦、徳山博一(広島県教育委員会・指導主事)、西川京子(福山平成大学・准教授)
目 標:授業研究を通したモデル授業・モデル教科書の開発・発信/事業完了式典
(1)授業研究を通したモデル授業・モデル教科書の開発と発信
(2)広島県教育委員会と連携したカンボジア指導助言者へのコンサルティング
(3)事業完了式典の開催


【動画】研修生の感想

本邦研修を終えた研修員から感想をお話しいただきました。
「2週間の研修で学んだこと」「帰国して生かしたいこと」の2つを話して頂きました。


Mr. Khim Sarin

カンボジア教育・青年・スポーツ省、カリキュラム開発局副局長のケム・サリンと申します。私はこの2週間の研修で、様々な知識を習得できました。そして、今までのカリキュラム開発局での経験を振り返ると、カリキュラムの3類型である「コンテンツベースカリキュラム」「コンセプトベースカリキュラム」「イシューベースカリキュラム」について、より深く理解することができました。また教科書開発に関しては、日本の専門家の先生方からの講義を受けて、4つの要素をとても理解できました。深く感謝申し上げます。


Dr. Bun Serey

こんにちは。プノンペン王立大学社会・人文学部副学部長のブン・スレイと申します。研修に参加するため、広島に参りました。まず、私は本研修のプログラムに興味が湧きました。本研修は、カリキュラムや教科書開発のマニュアル作りに関するもので、非常によいプログラムでした。日本の有名な教科書開発会社や教科書研究センターへの訪問もあり、とても興味深かったです。私にとって、とてもよいプログラムでした。本研修で習得した知識は、カンボジアに戻ってからカリキュラム開発についてもう一度整理し、マニュアルとして取りまとめるのに活かしていこうと思います。最後に、私に本研修の機会を与えくださったJICA と広島平和貢献プロジェクトに感謝を申し上げます。ありがとうございました。


Mr. Muong Sophat

私は、カリキュラム開発局社会科副部長のムオン・ソパートと申します。まず、広島の研修を通してカリキュラムや教科書の構造について、明確に理解することができました。私の国カンボジアでも、それらの構造を活用することが出来ます。そして、私に今回の研修機会を与えて下さったJICAと広島プロジェクトに感謝を申し上げます。


Mr. Meas Chutema

こんにちは。私は、カリキュラム開発局社会科副部長のミアス・チュテマと申します。私はこの14日間の研修で、日本ではどのようにカリキュラムを開発しているのかに関心を持ちました。日本のカリキュラム開発は、明確な目標をもち、体系的に行っていました。教科書開発・出版は民間会社が担当していました。また、学校現場では、各単元のパイロット調査を積極的に行っていました。他にも、教科書研究センターがあったり、様々な工夫を各単元に取り入れたりしていました。全て興味深かったです。一方で、14日間の研修で学んだことは3つです。1つ目に、世界の教科書はA・B・C単元形式という3種類の傾向があります。それぞれの形式は異なり、子ども中心に学習を推進しています。2つ目に、各単元には目標、リソース、テキスト、アクティビティの4つ要素が入っています。3つ目に、教科書には事実的・説明的・価値的の3つの知識を取り入れることを勉強しました。そして研修の最終日には、教科書をどのように開発すればよいかのマニュアルを開発できました。ありがとうございました。


Mr. Eng Vath

こんにちは。私は、教育・青年・スポーツ省、カリキュラム開発局社会科副部長のエン・ヴァットと申します。本日、私は、広島でのカリキュラム・教科書開発マニュアルをテーマとする短期研修に15日間参加できたことを嬉しく思います。このテーマは、私たちにとってとても重要だと思います。マニュアルを開発することはとても妥当であり、教育省もカリキュラムの開発に関する指導を求めています。15日間で習得したことは、次の2点です。1つ目は、各教育セクターや民間機関による教科書開発についてです。2つ目は、カリキュラムやマニュアル開発についてです。草原先生や大坂先生らがマニュアル作りに関することを私たちに研修してくださいました。さらに、私はタイラー氏など世界的な理論にしたがって、3種類のカリキュラム開発方法、コンテンツベース・コンセプトベース・イシューベースを理解しました。それらの仕組みを参考にしながら、カンボジア文脈に対応したカリキュラム開発を検討していきます。最後に、私がカリキュラム・教科書開発の理論をより理解するために、専門の先生方に研修して頂いたことに感謝申し上げます。


Ms. Thor Theary

私は、カリキュラム開発局社会科部職員のトー・ティアリーと申します。14日間の研修の感想として、私はカリキュラム・教科書開発及び教科書のフォーマットに関する様々な知識を習得できました。プロジェクトマネジャーの桑山先生やEVRIチームによる講義・説明に感謝申し上げます。今回の研修で、教科書開発・出版に必要な様々なフレームワークの知識を習得できました。3年間プロジェクトで学んだのは、4つの要素と3つの知識を取り入れる教科書、3種類のカリキュラム、カリキュラムと教科書の関係、などです。最後に、先生方、EVRI、JICAによりこの研修の機会をカンボジアカリキュラム開発局社会科部に与えて下さったことに感謝申し上げます。

3年目の活動は、以下の報告書から確認していただくことができます。PDFデータはこちらから参照できます。

 

【3年目に実施した本邦研修の成果】


事業完了式典とその後

事業完了式典の集合写真(2019年12月24日)

2019年12月24日に教育省大会議室に於いて事業完了式典を行いました。教育省のIm Koch次官、Ton Sa Im次官、Soeu Socheata次官、JICAカンボジア事務所から菅野祐一所長、教育総局からMok Sarom副局長、Lor Chhavanna副局長、広島県から下﨑正浩国際部長、事業協力している広島大学教育学研究科教育ヴィジョン研究センター(EVRI)の草原和博センター長・教授、桑山尚司講師のほか、教育関係部局の職員約80名が出席しました。

Im次官は、カンボジアの復興と広島の復興を重ね合わせながら事業に対する賛辞と感謝を述べました。3年間の事業の成果物として、教科書モデル単元と本年度開発している社会科カリキュラム・教科書開発マニュアル(ドラフト版)が式典で配布されました。式典は国営放送のカンボジア放送局ほか複数のテレビメディアから取材を受けました。

カンボジアの教育専門家によって開発された同マニュアルは、2月上旬に教育総局長のH.E.Put Samithの署名を得て、カンボジア教育省の公式資料として承認されました。3月23日(月)~25日(水)に、教育省が主催し全国の州教育局等が参加する全州教育会議において、同マニュアルが配布される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響により中止となりました。今後、教員養成機関など教育関係部局に配布され、事業が完了となります。

 

 


3. Conclusion
まとめ

事業の成果

広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)は、社会貢献活動の一環として、本事業に3年間協力してきました。
本事業のプロジェクト目標「カンボジアの授業改善に有効な社会科の新シラバスが改訂され、社会科カリキュラム・教科書開発者の能力が高まる」に対して、成果は大まかに以下のように整理できます。
(1)社会科カリキュラム・教科書開発者としての専門性向上
3年間の全ての研修は、このプロジェクト目標に向けた研修でした。カリキュラム・教科書の開発に関わる様々な理論的知識をセミナーで伝えました。また実際にカンボジア研修員が開発する演習活動を取り入れ、能力や自律性を向上させることができました。
(2)次期教科書改訂を見据えた「モデル単元」の開発
3年間の中で9つのモデル単元の教科書見開きが開発されました。9つの単元は、以下の通りです。
ⅰ)小学校6年生地理「位置の座標」
ⅱ)中学校3年生地理「カンボジアの経済」
ⅲ)中学校3年生歴史「民主カンプチア(1975-1979)」
ⅳ)小学校3年生道徳・公民「地雷と不発弾の地域での安全確保」
ⅴ)中学校2年生家庭・経済「失業と就業」
ⅵ)小学校4年生地理「各地域の土地の利用」
ⅶ)中学校1年生地理「熱帯の地域、農家の世界」
ⅷ)中学校2年生歴史「フランス保護領と近代化アプローチ」
ⅸ)中学校3年生道徳・公民「民主主義の認識」
(3)授業研究を通した新カリキュラムに基づく「モデル授業」の開発
上記の9つのモデル単元教科書に基づいて、合計9単元のモデル授業がパイロット校で開発されました。モデル授業は研究授業として示され、研修参加者からは普段の授業よりも「よりよい」と高い評価を受けました。
(4)次世代社会科カリキュラム・教科書開発者へ向けた「マニュアル」の作成・出版
マニュアル開発を通して、カリキュラム・教科書開発に関する理論的知識と経験的ノウハウを暗黙知から言語という形式知に現地の文脈と状況を踏まえて変換することができました。マニュアルは全ての州教育局に配布され、カンボジア教育省が組織するカリキュラム・教科書開発委員会で活用されるほか、教員養成・教員研修の資料としても活用される予定です。
(5)カリキュラム・教科書開発者の「教師教育者」意識の芽生え
授業研究において指導助言(コンサルティング)を実際に行い、効果的な指導助言ができるようになりました。まだ課題も多いですが、今後研修の運営やファシリテーションを通して、新しい教育方針を学校現場・教師へ発信・普及していく自覚が芽生えたと考えられます。
(6)カンボジア教育関係部局・学校関係者との「協力体制」確立
カリキュラムや教科書が変わっただけではカンボジアの教育は変わりません。意義や価値を関係部局が共有し、教育改革を進めることもできる体制が確立しました。本事業で学んだワーキンググループ職員の中には、他の部局のセミナーに招かれ積極的に活動していることがインタビューや観察から把握できています。今後はそのような機会がさらに増え、10年後には中核的なメンバーとしてカンボジアの教育を担っていくことを願っています。

 


Posterポスター

2年目終了時点までの活動をまとめたポスターです。

20190628カンボジア草の根事業EVRIまとめ桑山改定 (1)のサムネイル
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3年目終了時点までの活動をまとめたポスターです。

準備中
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