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2019年1月6日更新
2020年3月6日更新
2020年3月30日更新
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)は、社会貢献活動の一環として、2017年度から2019年度にかけて、ひろしま平和貢献ネットワーク協議会が独立行政法人・国際協力機構(JICA)より受託した草の根技術協力事業「カンボジアにおける持続可能な社会構築のための社会科カリキュラム・教科書開発支援」プロジェクトに協力しています。
独立行政法人・国際協力機構(JICA)は、開発途上地域等の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的とした団体であり、「1.質の高い成長と格差是正」「2.普遍的価値の共有と平和構築の推進」といった5つの基本方針のもと、多岐にわたる活動を行っています。その中のひとつに「草の根技術協力事業」があります。これは、国際協力の意志のある日本のNGO/CSO、地方自治体、大学、民間企業等の団体が、これまでの活動を通じて蓄積した知見や経験に基づいて提案する国際協力活動を、JICAが提案団体に業務委託してJICAと団体の協力関係のもとに実施する共同事業です。中でも「地域活性化特別枠」は、地方公共団体が主体となって提案・実施する事業形態です。地方公共団体や当該地域の企業の知見・経験・技術等を活用した海外展開と、途上国の開発課題の解決との両立を目指し、途上国への貢献だけではなく日本の地域や経済の活性化にも貢献するwin-winの関係を築くことが期待されています。
この度、広島県が設立・運営する「ひろしま平和貢献ネットワーク協議会(事務局:広島県庁)」が応募した上述のJICA草の根技術協力事業(地域活性化特別枠)が採択されたのを受け、EVRIとそのスタッフである草原和博教授、桑山尚司講師、大坂遊教育研究推進員、守谷富士彦教育研究推進員(2018-2019年度従事)、吉川友則さん(2017年度従事)らは、専門家として本事業に協力することとなりました。
世界遺産アンコールワットで有名な東南アジアのカンボジア王国。今では常に「行ってみたい国」ランキングで上位に位置するこの国ですが、1970年代から約20年間、ポル・ポト時代とその後の内戦を経て国土は荒廃し、国際社会に復帰するまで長い時間を要しました。ポル・ポト時代には知識人だけでなく老若男女が虐殺の犠牲となり、その名残で今でもカンボジアには年配の層が極端に少なく、子ども達が極端に多いというのが現状です。
1990年代以降は日本を中心とした世界各国から多くの支援・国際協力が行われ、カンボジア王国は近年目覚ましい経済発展を遂げていますが、教育制度やインフラの整備はまだまだ発展途上の段階であり、引き続き国際社会からの支援が必要な状況です。カンボジアの教育制度は日本と同じ6・3・3・4制で、最初の9年間(小学校6年+中学校3年)が義務教育となっています。長期的には就学率は高くなってきていますが、カンボジア政府による2016/17年の統計で小学校の純就学率は約94%、中学校の粗就学率は約56%となっています。特に地方農村部では子どもが貴重な労働力となっているため、義務教育課程においても、出席日数が足りずに留年する児童も多くなっていると言われています。
広島県とJICA中国は長年、草の根技術協力事業などを通して様々な形でカンボジアの教育改革を支援してきました(「カンボジア元気な学校プロジェクト(2005年~2008年)、「カンボジアにおける小学校教員の授業能力の向上事業(2008年〜2011年)」、「タケオ州における授業研究による教員の授業能力の向上事業(2011年〜2014年)」、「カンボジアにおける持続可能な社会構築のための教育改善事業(2014年〜2016年)」。これらのプロジェクトは、戦争の惨禍を経験した「ヒロシマ」ならではの知見を活かし、内戦で傷ついたカンボジアの平和構築に貢献するという共通したミッションに支えられています。
本事業は一連の事業の成果とノウハウを引き継いで実施されるもので、「持続可能な社会」の構築に向けたカンボジア型教育の構築に向けて、初等・中等学校の社会科カリキュラムと教科書改訂を支援することを目的としています。この事業には教科教育(社会科教育)の専門的知見を持つスタッフが必須であり、広島県からの要請を受けてEVRIとそのメンバーが事業に全面的に協力することとなりました。
カンボジアの社会科は、地理や歴史や公民といった日本でも馴染み深い領域だけでなく、道徳や家庭科、ライフスキルにアート(文化・芸術)など、極めて幅広い領域を包摂した総合的な教科です。社会科のカリキュラムの目標は、教育計画において次のように説明されています。
社会科は、人々の価値を引き上げ、現在の児童・生徒が将来の国家におけるよき市民となるために、自らの資質・能力を理解し、生活の中で倫理観をもち、規則を守り、責任をもって社会・コミュニティー・家族とともに安寧に暮らすことができ、文化・芸術を守ることを重視して身の回りの世界を理解し、クメールの価値を守ることを重視して芸術・美術を愛する精神を持ち、過去から現在までの社会の歩みを理解し、域内の他国から地理・国民・経済の状況を理解し、自国の発展と建設に参画することができるように教育する。
*Ministry of Education, Youth and Sport. 2006. Curriculum for Basic Education. Phnom Penh:MoEYS. (in Khmer)より引用、日本語訳
カンボジアの社会科カリキュラムが広領域で、学校教育の中核的な役割を担っている背景には、約20年間の内戦があります。長い間、同じ国民同士が対立した経験をもつカンボジアでは、安定した国民意識形成や市民性育成を担う社会科教育を充実させることが、持続可能で平和で民主的な社会を構築していくために不可欠です。しかし、このような社会科の高い理想を実現するための環境はまだまだ道半ばであるといわざるを得ません。
カンボジアのカリキュラムで、日本でいう各教科の学習指導要領にあたるものは「シラバス」と呼ばれます。現状の社会科シラバスは、小学校から高等学校まで、地理や歴史といった社会科を構成する領域(科目)が独立して作成したシラバスをまとめたものとなっており、目標や系統性に統一感があるとはいえません。また、シラバスの作成スタッフには教育学の専門家がいないため、領域を横断し、系統だったカリキュラムを構想することが難しい状況があります。
カンボジアの教科書は、国内唯一の半官半民出版会社であるPublication and Distribution House(PDH)で出版され、全国に配布されています。そのデザインと記述は各領域・単元の知識内容の列挙を中心とした構成となっており、政府の予算不足によりシラバスに対して教科書のページ数や質が必ずしも対応できていません。また、教師用に配布する指導書も全学年・全領域について出版されているわけではなく、社会科教師は授業の拠り所となる指導書が参照できないという現状があります。
カリキュラム・教科書改訂は約10年ごとに行われていますが、その間でのノウハウの継承ができていません。政府からのトップダウンで組織されるにも関わらず、新たな教育理念について詳しい説明もないまま、カリキュラムや教科書をつくってきた現状があります。カンボジアの教育専門家が社会科のカリキュラム・教科書を自主的・自立的に開発できること、そして開発方法が次世代に継承できるようなシステムづくりが必要です。
カンボジアでは教員研修の機会が圧倒的に不足しており、多くの小学校教師、中学校社会科教師は地域ごとの2年制教員養成校で学んだ経験だけで現場に立ち続けることになります。そういった本人の教材研究・開発にあたる知識や経験の不足や、教育理念・制度を現場に普及する指導主事のような教育コンサルタントの不在もあり、多くの学校では教科書の内容を教え学ぶ授業が展開されています。
この他にも、カンボジアにおける教育関連書籍等の出版状況の脆弱さ、図書館等の教育インフラやインターネット上のクメール語教育情報の量・質的な不足、各学校の教材関連予算の不足など、現場の社会科授業を変革していくための課題が山積しています。これらすべての課題を解決することはできませんが、私たちはシラバスと教科書の開発支援、およびそれらの作成に携わるスタッフの専門性開発を支援することで、間接的にこれらの課題解決に寄与したいと考えました。
本事業の目標は「カンボジアの授業改善に有効な社会科関連教科のカリキュラム及び教科書が改訂され、実施されること」でしたが、当然ながら一足飛びにこの目標が達成されるわけではありません。また、本事業のような国際協力事業は、日本とは異なる他国の、それも複数の利害関係者が関与しているため、我々が想定する当初の目標に方針変更を迫られる可能性もあり得ます。
そのため、本事業では、カンボジア王国教育・青年・スポーツ省(以下、教育省)教育総局、同省カリキュラム開発局(以下、DCD)職員、その他社会科カリキュラム・教科書改訂委員会メンバーらとの協議を重ね、年度ごとに事業計画を立て、実行してまいりました。ここでは、年度ごとの活動とその成果を報告します。
事業完了式典の集合写真(2019年12月24日)
2019年12月24日に教育省大会議室に於いて事業完了式典を行いました。教育省のIm Koch次官、Ton Sa Im次官、Soeu Socheata次官、JICAカンボジア事務所から菅野祐一所長、教育総局からMok Sarom副局長、Lor Chhavanna副局長、広島県から下﨑正浩国際部長、事業協力している広島大学教育学研究科教育ヴィジョン研究センター(EVRI)の草原和博センター長・教授、桑山尚司講師のほか、教育関係部局の職員約80名が出席しました。
Im次官は、カンボジアの復興と広島の復興を重ね合わせながら事業に対する賛辞と感謝を述べました。3年間の事業の成果物として、教科書モデル単元と本年度開発している社会科カリキュラム・教科書開発マニュアル(ドラフト版)が式典で配布されました。式典は国営放送のカンボジア放送局ほか複数のテレビメディアから取材を受けました。
カンボジアの教育専門家によって開発された同マニュアルは、2月上旬に教育総局長のH.E.Put Samithの署名を得て、カンボジア教育省の公式資料として承認されました。3月23日(月)~25日(水)に、教育省が主催し全国の州教育局等が参加する全州教育会議において、同マニュアルが配布される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響により中止となりました。今後、教員養成機関など教育関係部局に配布され、事業が完了となります。
私たちEVRIは、EVRIの掲げるミッションとヴィジョンを達成するために、共同事業、共同研究、受託研究および講演等をお引き受けいたします。
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