menu

Research「IB教育」研究クラスタ


洋の東西を問わず、同じ土俵で議論をしてきたIB教育

自国史を超えた歴史教育のあり方を探る ー

記事公開日:2019年1月24日

 

「IB」ときけば、「ああ、IBね」と分かる人も多くなってきたように感じる。IB教育は、もはや稀有な存在ではなくなってきたと言えよう。ご存知の方も多いと思うが、IBとはインターナショナル・バカロレア(International Baccalaureate、国際バカロレア)という非営利団体の略称である。IB教育とはそこの教育プログラムを指し、学校教育におけるグローバル人材育成を国際的に主導してきたところに特徴がある。

我が国においてもグローバル人材の育成に対する要請が高まっている。そのひとつの有効な方策として,国際バカロレアの普及・拡大が図られている。特に日本語ディプロマ・プログラムの導入という新たな動きによって一気に普及される見込みだ。

なぜIB教育は注目されるのか。IB教育を考えることは、教育学の研究にどのような示唆があるのか。そして学校教育へどのような貢献ができるのか。

本クラスタのリーダー:棚橋健治先生(以下、敬称略)は、長年社会科教育学の評価論や歴史教育論で先頭を走ってきた。そんな棚橋が、自身で「IBは批判も多い」と言いながらも、専門とする歴史教育のほか、言語教育、自然科学教育、芸術教育との連携もしながら、IB教育に注目し研究を行っている。今回は,他教科と協力してIB教育を考える意義、それに取り組んでいる想いを語っていただいた。

 


「IB教育」研究クラスタリーダーの棚橋健治先生

 

 

 

 

なぜIB教育について考えるのか

棚橋は現在、基盤研究(A)「IBの理念を踏まえたカリキュラム・授業・評価の開発的研究」(平成29-33年度)に取り組んでいる。社会科教育学を専門としているが、なぜIB教育に注目するのか。棚橋は「IB教育が絶対的な正解だとは思わない」と何度も念押ししながらも、IB教育がはぐくまれてきた土壌に着目しながら、興味をもった契機と魅力について2つ説明した。

(1)IB認定校やIB申請校への提案

1つ目の契機は, 日本国内のIB認定校を200校にするという国内的な要請だ。文部科学省は、現在46校(平成29年6月時点)のIB認定校を200校に増やす方針を固めた。日本ではこれまで語学の壁が障壁となってIB教育の普及が十分進んでいなかったが、近年日本における普及・拡大を図ってIBディプロマ・プログラム(16~19歳対象の高等学校段階)の一部科目が日本語でも可能になり、その普及・拡大が期待されている。

棚橋は「すでにIB認定校で自分たちでカリキュラムをつくって授業しているところはあるんだけど、それを200校に増やすと、各学校では、『どのようなカリキュラムにすればいいのか?授業はどうする?子どもの評価は?』と疑問と課題が山積することが想定される。」と言う。IBプログラムの特徴である多様性への寛容、自律的判断等を中心に据えた新しい教育のあり方の理論的検討と共に、多くの学校で導入を可能とするためのモデルカリキュラム・授業の開発が喫緊の課題なのだ。

そこで本科研の第一の目的を、そこの解決に置く。IB教育の案を提供する。そして、一つの学校にコミットして共同的に考えるのではなく、IB教育とはなんなのかを広く俯瞰し、IB教育の特徴を探っていく。それは、IB日本語DP認定校に必要なモデルの提供になり、認定校申請の拡大に寄与できる。

(2)変化が求められるすべての日本の学校への提案

2つ目の契機は,普通高等学校でも教育の変革が求められていることだ。この度の平成30年度学習指導要領改訂にともない、特に高等学校の授業は知識ベースの教育から資質・能力ベースの教育への変革が求められている。IB教育の特色である、多様性の認識とそれを受け入れる寛容性、自律的な判断、発信力の育成とそれを可能にする学習者主体で参加する協働的な学習は、長年議論されながら、十分実現していなかった探究的授業が可能になり、日本の学校の根本的な変革につながる可能性がある。棚橋は、「IBのカリキュラムの原理やこんなふうだよ、と提案していく。もっといえば、多様性、寛容性などIBのグローバル人材の育成は、IB校に限らずどの学校でも求められている。国内全ての学校の授業もかえる示唆になるのでは」と語る。

IB教育は、先述した通りグローバル人材の育成について世界的にそれなりの歴史をもつ。グローバル化・情報化・21世紀学力…と叫ばれるこの時代に、グルーバル人材としての能力は、所謂”エリート”のみに求められるのではなく、誰にでも求められる能力になってきたと言えよう。その意味では、グローバル人材育成のけん引役となるIB認定校やスーパーグローバルハイスクール(SGH)のみならず、それらを含むすべての日本の学校の各教科教育を、グローバル社会で活躍できる資質・能力の育成に対応したものへと改善することを図ることが必要だといえる。これが本研究の2つ目の目的であり、大きな魅力だ。

IBディプロマプログラムの全体像
(『指導手引き』より引用)

 

前身組織の勉強会、挑戦的萌芽研究を通して見出した研究する価値とは?!

IB教育については前身組織として勉強会を行っていたという。棚橋自身は、挑戦的萌芽研究「国際バカロレア日本語科目『歴史』のモデルカリキュラム・授業の開発」(平成27-28年度)を受け、理論的研究を進めるととみに、ひとつの大単元のモデル授業開発を行った。具体的には、国際バカロレアカリキュラムに於いて新たに日本語科目の設定が認められた『歴史』について、ガイドブックや教科書の分析、先進的実践校の授業観察などから、その理論的・実践的特徴・課題などを明らかにした。また、「世界史トピック」のトピック「20世紀の戦争の原因と結果」の大単元のモデル授業を第二次世界大戦をテーマに開発した。この研究を通して見出した価値について、棚橋はこう説明する。

■「共産主義と資本主義の国で同じ教育ができるのか

歴史教育は,古今東西,自国を次世代に伝えるツールとして使用されてきた。時に、国家に「都合のよい」歴史像が示されることはしばしばだ。社会と教育は密接につながっているため、歴史教育は社会が目指すものによって変化する。特に、その社会を生き、未来を形成していく市民育成を目的とする社会科教育は、大きな役割がある。

しかしながら、IBはその「国家」「社会」の体制を超え、世界共通の教育を考えている。棚橋は、「これは、チャレンジングなことであって…極論すれば、共産主義と資本主義の国で同じ教育ができるのか」と考えると、そんな姿を求めるというのは難しい、と言う。

世界共通の教育を考えることなど本当に可能なのか。棚橋は、「IB教育が絶対的な正解を提示しているとは思わないが,一国ではなく複数の国が同じ土俵で議論を重ねてきた。協働で作り上げられてきたことには、それなりの成果と価値がある」と語る。グローバル社会の中を生きるうえで共通で育成するものの、ある程度の形をIBは提示しているのではないだろうか。カリキュラム研究のひとつとして、IB教育を対象に研究することに意義がある。

■「子ども自身が自分の責任で社会を描き出す」

歴史教育の社会的機能よりも、教育そのものにも価値を見出す。IB教育の「歴史」では、子どもたち自身が、歴史資料を用いて、歴史家のように歴史像をつくっていくことに特徴がある。先述したように社会をつくった人たちが都合のよいように歴史像をつくりあげて、それを子どもたちに伝えていく歴史教育が多いわけだが、歴史解釈に力点を置くIBは、それまでもっていた社会の理想像、その都合のいい社会像とは全く関係のいない歴史像を子供たち自身が描き出す。

「もしかしたら,子どもが全く違う歴史像を描き出すかもしれない。もしそれがほんとに世界中でできれば、期待できます。教育をかえていくことで、社会をかえていくことができる。」

あるべき歴史,自分の社会への愛着がない。むしろ暗い部分を,歴史家スキルを発揮して一次史料から歴史を分析する。それまで持ってきた像とは異なる歴史像が、世界的にできれば、歴史教育はちがう役割になり、社会が変化する。暗い部分も含めて暴き出すような、方法論は身につけるんだ、という考え方。自国を美化する歴史とは違うものを、子どもたち自身が描き出す。一方、当然批判もある。特定の国家を外れるため、その愛着や正当性を強化する機能が弱まってしまう。棚橋は以下のような示唆をまとめる。

「日本の学校の根本的変革に示唆がある。歴史教育で言うならば、非常に無難というか、歴史の事実としてたくさん伝えればいいんだという歴史教育。そして、ある社会を賛美する、または敵対する社会を否定する歴史教育。そんな2つに別れている気がするけど、IBはそのどっちでもない。子ども自身が自分の責任で社会を描き出す。」

IB教育はワークショップ形式も多い(2018.08.25)

 

 

各教科で到達したい様々な教育界・社会への貢献

 

言語教育の場合、従来、国語教育や外国語教育で営まれてきた言語と文学の教育を、グローバル社会において求められる資質・能力の視点から捉え直し、言葉によって理解し合うことのできる言語行為主体を育てていくカリキュラム・授業としてぐらいかしていくことに独創性がある。近年我が国においても「活用力」「言語活用の充実」として取り組む営みへの有力なモデルとなりうる。

科学教育の場合、科学のすがたについての理解の促進、合意形成能力や批判的思考力などの育成に向けた、科学教育のカリキュラム・授業モデル・評価方法を開発する。科学的リテラシーを身につけた国民の育成や、次代の科学技術イノベーションを担う人材の育成に大きく寄与できる。

芸術教育の場合、「グローバル社会の中で、芸術を学ぶことを通じて感性を育み、日本文化を理解して継承したり、異文化を理解し多様な人々と協働する」ことが課題であり、粗相d像的な発想・構想力を備えた国際社会の一員として必要な、豊かな情操を養うことに大きな寄与ができる。

上述したように教科によっても様々だ。IBディプロマ・プログラムでは、全領域をやるのは難しいため、現在は歴史、国語、自然科学、芸術の4つの領域から探ろうとしている。

研究組織の全体像

 

平成29年度・30年度は理論・実践分析

平成29年度では、IBディプロマ・プログラムの本質・特徴の考察と、日本国内のIB認定校の調査を並行しておこない、IBの教育の理念・原理・課題を把握してきた。「原理的なもの理念的なものやってきているし、これからも積み重ねていく。」という。研究組織としては、研究代表者・分担者のほか、大学院の院生、付属学校教員と連携した「広島大学IB授業開発研究チーム」のほか、IB認定校などの実践家や研究者などの「外部協力者」で構成されている。組織の具体的な取り組みを2つ紹介しよう。

 

【具体的な取組1】 IB実践校との協力・授業観察

日本国内には、数多くのIB教育先進校がある。特に、沖縄尚学高等学校は中核的な協力校として、授業見学させてもらったり、我々の案について意見をもらうなどの連携体制を築いている。2019年2月には、沖縄尚学高等学校の実践家をはじめとした専門家を招聘し、理科授業に関するフォーラムを開催する。これでも、IB教育の話だけではなく、その理念をふまえ、今後の教育実践や教員養成を考えるフォーラムとなっている。

 

2019.2.16_理科IB_20181123のサムネイル
【2019年2月16日:研究拠点創成フォーラム No.11】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます)

 

 

EVRIでの定例セミナーでは、2018年8月にIB実践校である英数学館の福島浩介先生を招聘し、TOK(Theory Of Knowledge,知の理論)に関するワークショップを開催した。知識および問いの階層性とそれらを追究するTOKの学習プロセスや、それを教科とどのように関わるのかについて、具体的に体感することができた。

TOK (0705)のサムネイル
【2018年8月25日 研究拠点創成フォーラム No.7】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます)

【確定】EVRIレターno.30TOK講演会のサムネイル
【広報用レター EVRI Letter No.30】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます)

 

 

【具体的な取組2】 フォーラム・学会で教材・情報の提供

2018年2月17日に、東京田町でフォーラムを行った。文科省のFacebookにも広報を依頼し、関心がある人(IB高校、これからの申請する学校、関係ない学校)なら誰でも参加できるかたちにした。東京で開催したこともあり、IB校ではない先生も数多く来られた。棚橋は「IBにこだわる必要は全然ない。主体的・対話的な学び。これから一番変わるのが高校で、内容構成以上に、歴史総合とか歴史探究とか、それをいったいどのようにやるのか、というときに取り入れることができるのではないだろうか。」と先を見通している。長年議論をつづけてきた探究学習。特に今回の学習指導要領改訂で変革が求められている高等学校に素材ができれば、大きな貢献となる。そのためにライブラリー、アーカイブとして共有できる高等学校の教材もつくった。

 

p30のサムネイル
【広報用レター EVRI Letter No.16】
(ポスターをクリックするとPDFが開きます)

 

これまでの成果は、学会発表を通してでも教材や情報を提供している。歴史教育については、全国社会科教育学会第65回研究大会(兵庫教育大学)で「国際バカロレアDP日本語科目「歴史」の授業開発―世界史トピック「20世紀の独裁主義的国家」―」という題目で、第67回研究大会(山梨大学)では「IBDP「歴史」における「指定学習項目」の授業開発-歴史学習における史資料の読解・分析の一例として-」という題目で大学院生と共に発表した。

言語教育については、2018年8月11日に第59回広島大学教育学部国語教育学会で「IB(国際バカロレア)「文学」に関する一考察」という題目で大学院生と共に発表した。8月25日にはEVRIのフォーラムでも発表し、フロアから意見を頂いた。なお、その一部が、『国語教育研究』(広島大学教育学部国語教育会)第60号(2019年3月31日)に、大学院生との共著論文「IBDP(国際バカロレア)「言語A:文学」に関する一考察ー学習評価を中心にー」として掲載される予定である。

 

 

今後の展望:「ものづくり」を通して「教育を問い直す」

 

IB教育の方法や手順は、教科・学校・教師によって様々だ。しかし、他教科・多様な実践校・多様な教師とともに協働的にすることで、IB教育の理念、原理、先行事例が豊富に集まる。それをもとに開発したモデルカリキュラム・授業・評価が最終的に「授業キット」のようなものにし、それが素材となって社会に還元することを考えているという。学術的な新しい教育理論を確立しようとしているわけではない。もっと実践的に、各領域でひとつでも多く教材をつくって、だれでもアクセスできて、これをベースに授業を開発してほしいと思っている。

これまでの本研究グループが作成したフォーラム資料等は、誰にでも無償提供している。(ご希望があれば、データでも・冊子でも郵送します。→tanahashi@hiroshima-u.ac.jpまでご連絡ください。)これまでも風の便りをききつけた学校現場から、IB校・一般的な学校を問わず依頼が定期的にあり、データ共有や冊子郵送をしてきた。その際、必ず伝えているのは「研究として言及するなら引用してほしいけど、実践で使用する場合、これを加工して使うことは全くフリーで自由につかってください」ということ。ここに棚橋の研究スタンスと人柄が表れている。

今後は随時HP上でも公開し、誰にでもつかってもらえるようにしていく計画だという。できるだけ実践で使えるツールをより多く提案して共有できるようにする「ものづくり」の場だ。

 


「使えると思ったら、使ってください。そうゆうつもりでいるんですね。」

 

 

しかしながら、「ものづくり」の場であれば、EVRIでなくても各研究者や各学校の実践者が取り組めばよい。棚橋は、このIB教育クラスタで取り組む特徴をふまえ「IB教育を通して“教育とはどうあるべきか”を考えたい」という。「学校とは、すべての領域によって、初めて成り立つ」と言い切り、「教育の本質を、他教科とともに協働して議論できる「場」は、あんまり充実してるとはいえないんじゃないか・・・。」と語る。EVRIのIBクラスタで協働的に研究できる機会の重要性を感じているという。

IB教育研究クラスタの「ものづくり」、そして「教育を考える」という2つの任務。IB教育は、そもそもの教育論を深めていく切り口になる、という価値を取り組むなかでジワジワと感じ取っている。