広域交流型オンライン学習の取組みを報告します【現代社会の見方・考え方】(2023.07.04)
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)(プロジェクトリーダー:草原和博教授)は,東広島市教育委員会と連携して,市内複数の小学校・中学校をオンラインで結んだ広域交流型オンライン学習を実施します。子どもの一人一端末と学校のICT機器を活用しながら,また地域からの中継を交えて,対話的・双方向的に学びます。さらに,この学びを広島大学の教員と大学院生がコーディネートします。なお,授業の参考コンテンツとして,EVRIが東広島市立図書館の依頼を受けて開発した「東広島市地域学習用デジタルコンテンツ(通称「のん太の学び場」)」を活用します。(「のん太の学び場」の作成についてはコチラ)
本年度も毎月1回2時間,テーマを決めて授業を行います。この企画が実現することで,小規模校と大規模校の子どもが,年間を通して,各地域のようすを比較したり,交流したりしながら学びを深めることができます。
〇 遠隔授業の全体進行は、大学の担当者が行う。各教室での指導は、各学級の担任等が行う。
〇 遠隔授業では、児童が自分のタブレットから参加できる機会を設ける。
〇 参加校に技術的なサポート要員(大学院生等)を派遣し、授業準備、授業支援、後片付け等を行う。
- 授業実施者:川口広美,草原和博
- 授業補助者:各小学校での授業担当教員
- 学校技術支援担当:大岡慎治,小田原瞭雅,川本吉太郎,黒岩佳太,近藤郁実,田中崚斗,吉田純太郎
- 事務局機器担当①(広島大学):小野創太,草原聡美,髙須明根
- 事務局機器担当②(河内中学校):内田智憲,両角遼平,山本亮介
2023年7月4日,東広島市内中学校4校4学級(志和中学校,福富中学校,豊栄中学校,河内中学校)の1年生(79名)が参加し,「現代社会の見方・考え方」をテーマとする遠隔授業を実施しました。都市開発と景観保護を事例にして,現代社会の見方・考え方の視点(対立,合意,利便性,希少性など)を獲得・活用するとともに,見方・考え方がもつ意義について理解を深めることを目指しました。授業全体の進行を川口広美准教授が,解説を草原和博教授が務めました。
授業は,2時間を通して大きく4つの段階で展開していきました。
第1段階は,身近な事例を通じて「対立」と「合意」の概念を認識するパートです。「対立は起きないほうが良い」という素朴な理解を改めるとともに,生じた対立を合意に導くことの重要性について認知することを図ります。
そこで,まずは,生徒に予め答えてもらった事前アンケートの結果を振り返ることとしました。今回の学習に参加した中学生は,①「対立」と聞くと,喧嘩,戦争,犬派と猫派の争いといったことを想起したこと,②対立を27%が良いこと,20%が悪いことと捉えていること(残る52%はどちらでもない),③対立が生じたときに66%はそれを消極的に回避しようとしてしまっている(対立が終わるのを待つ,人に意見を合わせる,自分の意見を押し通す)ことが共有されました。そして,この結果を踏まえて,公民的分野の教科書の記述から,対立と合意の概念とその意義について確認します。つまり,対立は社会生活の様々な場面で生じうること,対話を踏まえて対立する両者が納得できる合意を導くことが大切であること,さもなくば社会秩序は人の支配によって左右されかねないものになってしまうことを理解しました。さらに,教科書記述に加え,草原教授の解説,中学校の合唱コンクールにおける曲決めを事例にした検討を経て,生徒らはその重要性に関する理解を深めました。
第2段階は,鞆の浦埋立て架橋計画問題を「対立」「合意」の概念で分析することで,「利便性」「希少性」等の現代社会の見方・考え方の視点を析出・把握するパートです。第1段階では合意を行うことの必要性について認識しました。では,どうすればより良い合意を形成することができるのか。合意をつくるのに役立つ視点を先例から学ぶことを図ります。
そこで,実際に合意が得られた社会的事象を分析することで,対立を合意に導くための方略(現代社会の見方・考え方の視点)を習得させました。分析の対象となったのは,鞆の浦埋立て架橋計画問題です。広島県と福山市が計画した県道47号線バイパスの建設計画を巡る係争です。江戸時代から続く景観を保全すべきか,道路渋滞を解消すべきかで立場は二分しました。生徒らはこの対立を分析します。入念な分析を行うために,各々の立場の主張はトゥールミン・モデルで整理されました。その結果,例えば河内中学校では,以下の対立構図が描かれました。この分析により,生徒らは,それぞれの立場が利便性や希少性といった視点を考慮して主張を展開していたことに気づきました。
【バイパス建設賛成派】
事実:鞆の浦では車が通りにくくなっていた
理由:道路をつくることで便利な社会になる
主張:鞆の浦にバイパスを通すべきだ
【バイパス建設反対派】
事実:鞆の浦の景観は江戸時代から続く景観である
理由:景観を目的とする観光客が減ってしまう
主張:鞆の浦にバイパスを通すべきではない
さらに,生徒らは,この係争が最終的には,景観への影響が少ない鞆未来トンネルを掘削することによって決着したことを知ります。バイパス建設賛成派,反対派双方の意見を尊重するための具体的な解決策を理解し,生徒らは合意形成のためのヒントを得ることができました。
第3段階は,現代社会の見方・考え方のもつ意義について理解を深めるパートです。第1段階,第2段階では現代社会の見方・考え方の視点の習得が行われました。では,なぜそのような見方・考え方を身につける必要があるのか,見方・考え方の良さとは何か。こうした問いを検討することで,生徒らが見方・考え方の魅力を実感できるようになることを図ります。
そこで,Googleジャムボードを通じて,各学級から見方・考え方の意義について意見を収集・共有しました。その結果,以下のような意見が提示されます。少人数で授業を行うことの多い4校の生徒らは,他の学校から出てくる意見に刺激を受けて,負けじと自分たちの学級からも意見を出そうとする様子がうかがえました。
・複数の視点から考えて,よりよい選択ができる
・自分が納得するためにまとめる
・問題に対しての意見をもっと深く知ることができる
・いろいろな考えに触れることができる
・相手を納得させやすくなる
・具体的なことを端的でわかりやすい言葉にすることで、合意しやすくなる(一緒なところを見つけやすい)
第4段階は,東広島市酒蔵通り街道開発を,「利便性」「希少性」等の現代社会の見方・考え方を活用して分析を行うパートです。ここまでの段階までで,生徒らは現代社会の見方・考え方を獲得したり,その意義を理解したりしてきました。
そこで,最後に,現代社会の見方・考え方を応用して,自分たちの住む市町で生じている対立を分析します。分析の対象となったのは,東広島市酒蔵通り街道開発です。鞆の浦と同様に,景観保護と都市開発を巡る対立現象です。江戸時代から続く酒蔵通りの風景を保ちつつも,地域住民が便利・安全に生活することができるようにするための解決策を模索します。酒蔵通りの保全・街道建設に関係する東広島市の関係部署へのインタビュー動画を視聴し,対立構図を先ほどと同様にトゥールミン・モデルに整理することを試みました。残念ながら,時間の都合のため,細かな分析や合意策の提案には至らなかったものの,現代社会の見方・考え方を身近な問題にも適用することのできる可能性を生徒らは感じることができました。
なお,授業後に,生徒らはGoogleフォームを活用した授業アンケートへ回答しています。回答を通じて授業で学んだことを振り返ることにより,生徒が自らの見方・考え方がいかに深化したかを省察できるようにしています。
社会的な見方・考え方に関する広域交流型オンライン学習は2023年5月に続いて2回目です。見方・考え方を習得・活用させることはもちろん,見方・考え方の意義を考えさせることにもチャレンジした点で,バージョンアップが図られました。時間が足りないために学習課題に取り組む時間を十分に確保できなかった点で課題が残るものの,生徒らが見方・考え方に対して意味づけ・解釈ができることを実証した点で成果を得ることができました。
2回の授業を通じて,中学生を対象とした広域交流型オンライン学習の可能性が浮かび上がってきました。今年度の中学校実践はこれで終わりですが,今回の経験を,残る今年度の小学校実践や,来年度以降の企画立案・構想・実践に活かしてまいります。
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