【2022.7.2】第116回定例オンラインセミナー「主権者教育の改革を考える(8) ウクライナ戦争をオーストリアの教師はどのように教えているか」を開催しました。
Ⅰ.開催報告
広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は、平和・市民性教育ユニットの活動の一環として、2022年7月2日(土)に,第116回定例オンラインセミナー「主権者教育の改革を考える(8)-ウクライナ戦争をオーストリアの教師はどのように教えているか-」を開催しました。大学院生や学校教員を中心に76名の皆様にご参加いただきました。
「主権者教育の改革を考える」シリーズは,科学研究費助成事業(国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「オーストリア政治教育の挑戦-教室空間で政治問題をいかに教えるか-」)の成果発信と実践者との対話を目的としています。本科研では,草原和博教授を代表者に,日本体育大学の池野範男名誉教授,広島大学の川口広美准教授,渡邉巧准教授,金鍾成准教授が研究分担者として連携し,オーストリアのグラーツ大学およびウィーン大学の研究者と共同研究を進めてきました。16歳から選挙権を付与し,学校のなかで社会の論点や課題を積極的に扱ってきたオーストリアの取組を手がかりに,主権者教育の「実質化」,そして社会科教育の「再政治化」にむけた戦略を考察してきました。
シリーズ第8回となる本セミナーは,2022年2月に始まったウクライナ戦争という時事的事象をオーストリアの教師は教室空間でどのように扱い教えているかについて,緊急調査の結果を報告するものです。
はじめに,司会の草原教授より,本セミナーの趣旨が説明されました。先行実践のレビューから,日本の教師もまた戦争の指導に困難さを抱えていること,また戦争という現象を,子どもや社会にとって意味ある形で教えることの難しさを参加者全体で共有しました。これらを受けて,本日のセミナーでは「ウクライナ戦争をカリキュラムにどのように位置づけ,教えるか?」に設定することを確認しました。
次に,草原教授、吉田純太郎さん(広島大学大学院・院生)から2022年5月2日~13日にオーストリアの都市Aで行われた調査の概要が報告されました。同調査では,19の授業記録が収集され,その中でウクライナ戦争に10の授業で言及があったこと,さらにこれらの授業は,①あらかじめ意図されたものではないが,教師・子どもが直接・間接にウクライナ戦争に言及した実践<類型A(偶発型)>,②あらかじめ意図されたものであり,教師・子どもが直接・間接にウクライナ戦争に言及した実践<類型B(単元型)>,③あらかじめ意図されたものではないが,教師・子どもが直接・間接にウクライナに言及した実践<類型C(特設型)>,これら3つに類型化できることが報告されました。さらに,各類型に相当する典型的な実践例が紹介されました。具体的には以下の通りです。
<類型A>
「報道の自由」を扱う授業において,意図せずして,教師はロシアのプロパガンダに,子どもはウクライナ戦争の報道におけるメディアスクラムに言及する授業1例が確認された。
<類型B>
(1)戦争に関する歴史的文脈の共通性と相違性を発見させる単元3例が確認できた。具体的には,①第一次・二次世界大戦やシリア内戦,ウクライナ戦争で共通に「逃げる」ことを迫られた人々(難民)の経験を理解させる授業,②第一次世界大戦の「開戦時」とウクライナ戦争の「開戦時」における人々の感情(高揚感)とその背景を分析させる授業,③19-20世紀におけるユダヤ人に対する「ボイコット」と現在におけるロシア産石油に対するボイコットの可否を評価し,私たちの政策を選択させる授業。
(2)戦争に関する歴史的記憶を継承させる実践1例が確認された。具体的には,EU設立の歴史とその理念を,「5月8日の歓喜の祝祭(オーストリアの解放記念日)」というイベントの意義理解を通して追究させる授業。
<類型C>
(1)戦争の是非について批評させる実践3例が確認できた。具体的には,①シリア難民としての個人の経験に基づき,ウクライナ難民を過剰に優遇しているEUの政策を批評させる授業,②戦争や平和に対する作者の主張が示されたストリートアート作品を批評させる授業,③ロシアに住む父親が,プロパガンダに騙されずに多様な情報(真理)に触れるべきことを主張したウェブサイト「#PAPA BELIEVE」を批評させる授業。
(2)戦争に関する言説の作られ方・使われ方を批評させる実践1例が確認された。具体的には,5月9日のプーチンの「戦勝記念日の演説」を読み解き,演説において第2次世界大戦の歴史が戦争の正当化にどのように利用されているかを批評させる授業。
結論として,既成の歴史カリキュラムの流れに規制された状況下(あるいはそれを優先する教師)では,過去と現在をアナロジーで結ぶ「概念」を媒介にして戦争を教えようとしていたこと,また既成のカリキュラムにとらわれず柔軟にデザインできる状況下(あるいはそれを優先する教師)では,戦争に関する自他の「言説」や,共同体で語りつがれる「記憶・記念日」を媒介にして戦争を教えている傾向性が明らかになりました。
以上の発表を受けて,指定討論者の池野範男名誉教授(広島大学)、別木萌果氏(東京都立小川高等学校・教諭)から原理的・実践的な質問が寄せられました。池野名誉教授は,子どもの当事者性や教室空間における公共性・多文化性が,上述の授業に与えている影響について意見を述べました。また別木氏は,オーストリアの教師にみる政治的中立性の捉えや立場開示の程度,また日本の社会科教師への示唆について質問しました。
ウェビナーのQ&A機能を活用して行われた質疑応答では,①教師の立場開示の妥当性,②戦争に不安を覚える子どもへの感情的なケア,③教師個人のジェンダーやエスニシティが授業に与えている影響,④日本の研究者が観察するという行為が授業に与えた影響等について質問が寄せられました。質疑を通して,「戦争」を「教える・学ぶ」ことを規定している多様な条件が浮かび上がってきました。
最後に、金准教授、渡邉准教授、草原教授が今回の報告と討論をまとめてセミナーは終了しました。
今回のセミナーを踏まえ,EVRIは以下のような政策を提言します。
① 現実社会の多様な言説を,教室空間でも壁を作らず連続的に扱える体制を支援すること。また子どもがそれらの言説を読み解いたり,評価したり,自ら発信できる学びを促進すること。
② 共同体の記念日や記念碑,記念館で生産・消費されている歴史記憶を,学校の歴史授業を通して批判的に吟味させたり,再構築させたりする場を用意すること。
今後もEVRIでは「平和・市民性教育」ユニットを中心に,引き続き欧州・オーストリアの政治教育の動向を手がかりに,「日本の主権者教育の改革を考える」視点を提供して参ります。
文責(草原和博)
Ⅱ.アンケートにご協力ください
多くの皆様にご参加いただきまして、誠にありがとうございました
ご参加の方は、事後アンケート(アンケートはこちらをクリックしてください)への回答にご協力ください。
*第116回定例セミナーの告知ポスターはコチラです。
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