【2026.9.16】定例オンラインセミナー講演会No.203「21世紀カリキュラムの近傍2: 生成AIがもたらす教授・学習の変容」を開催しました。
I.開催報告

広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は、2026年9月16日(水)に、定例オンラインセミナー講演会No.203「21世紀カリキュラムの近傍2: 生成AIがもたらす教授・学習の変容」を開催しました。大学院生や研究者を中心に、68名の皆様にご参加いただきました。
はじめに、影山和也准教授(広島大学)より、本セミナーの趣旨が説明されました。本セミナーでは、カリキュラムは、教育システムの内部だけではなく外部によっても決まるとみて、何がカリキュラムの設計に関わるのかを捉え直したいという趣旨が話されました。そうして、今回は、生成系の人工知能(genelative artifitical intelligence:生成AI)を取り上げました。Rabella(2025)でも指摘されているように、AIの発展は今の学校カリキュラムの前提を問い直すことを迫ります。たとえばAIが文字化することを担うことができることで、カリキュラムは、内容を構想したり、構造化したり、再考したりというように、これまで重視されてきた基本的な能力とはまた異質の能力の育成が求められるようになるだろうということです。何を学校カリキュラムで扱うかは、教育にかかる価値観によるというように、AIの発展が教育の根本を改めて浮き彫りにしています。
Fuster Rabella, M. (2025). “Evolving AI capabilities and the school curriculum: Emerging implications and a case study on writing”, OECD Education Working Papers, No. 338, OECD Publishing, Paris.
また、池尻良平准教授(広島大学)より、生成AIの仕組みと特徴が、適宜事例を用いながら確認されました。基本的には、ウェブ上で参照できるデータを大量に「学習」することによって、生成AI自身がそのデータからわかることを「推測」したり、「記憶」したりします。これによって、人間による問いや命令に対して、ウェブ上で該当する数値や文などを探し出して応答するわけです。この、人間による問いや命令は「プロンプト」と呼ばれ、生成AIに特定の振る舞いをさせたり、使用する者に応じた応答をするように指示をすることもできます。生成AIの浸透度は個人・企業ともに増加傾向にあり、生成AIの悪影響を懸念して仮に学校で使用を制限したとしても、児童・生徒は学校外でそれを使うので、「どのように使うか」の指導を考える方が得策だろうと考えられます。
- セミナーの趣旨を説明する影山准教授
次に、池尻准教授より、「歴史教育×AIの研究動向」と題した発表がなされました。まずは歴史教育の目標が、暗記から歴史的思考力にシフトしてきていることが示されました。このシフトは概ね1980年代から進んできており、社会的事象を時期や推移に着目して捉えること、類似や差違を明確にして、事象どうしの関係づけが日本でも強調されてきているということです。ここで提示されたのが、次の歴史的推論を支える6つの要素です。
- 歴史概念の使用
- メタな歴史概念の使用
- 歴史資料の使用
- 論証(反論)の提供
- 歴史的な問いかけ
- 歴史的な文脈化
このような経緯に対して、生成AI研究の動向が示されました。
先行研究は、歴史資料の要約や比較など、いくつかの学習支援の可能性を示していますが、それらにはハルシネーション(存在しない事実や資料のねつ造)や意味エラー(語句や概念の意味の取り違え)のような誤りが同時に含まれます。特に、文字化されていない歴史や少数者の歴史は生成AIの仕組み上、参照することができないため、誤りが出力されやすい傾向にあるようです。このような生成AIですが、学習を阻害しかねないことも無視できない事態です。特に、メタ認知的怠惰、すなわち思考で必要な失敗や迷い、試行錯誤を減らしてしまうことは、歴史教育に限らず、教授と学習において懸念されることです。その上で、歴史的推論でメタ認知的怠惰を軽減するためのポイントとして、メタな歴史概念の使用・歴史資料の使用・歴史的な文脈化の3つにしぼって述べられました。歴史資料の読みやそれを用いた推論には、熟達度の違いがあるのもさることながら、児童・生徒の発達の程度も異なることに配慮しなければなりません。資料の出所を疑ったり当時の文脈を考慮したりすること、複数の資料を組み合わせて解釈の妥当性を高めるといったことは、生成AIに任せるのではなく学習者自身が試行錯誤を通じて身に付けていかねばなりません。
最後に、歴史教育において生成AIをどう使うべきかについて、させても良いこと・学習者に試行錯誤させる方が良いことに分けて示されました。たとえば、歴史資料の紹介や歴史と関連するニュースの紹介は生成AIにさせるのがよいですし、歴史資料の出所等を含めた分析や歴史的な問いは学習者が行うべきことです(学習環境ガイドとしての生成AI)。他にも、歴史的推論の発達の程度を考慮すれば、発達の瀬戸際の部分はヒントを出すに留めつつ、歴史資料自体の分析や推論にあたっての資料の選択は学習者が行うなわねばなりません(歴史的推論の補助役としての生成AI)。さらに、生成AIはディベート相手としても活用することができ、推論が完成した後、学習者と生成AIのお互いの推論に批判的な意見を出させる活動も有効です(ディベート相手としての生成AI)。このように、歴史的推論のどこに焦点を当てて、どのように生成AIを活用するかが今後のポイントになるという主張で話題提供が終わりました。
- 「歴史教育×AIの研究動向」について発表する池尻准教授
次に、松浦拓也教授(広島大学)より、「理数教育×AIの研究動向」と題した発表がなされました。
冒頭から玉虫(ヤマトタマムシ)との自身の触れあいを発端にして、生成AIが入ることによる学習の可能性が話されました。昆虫の名前を知るだけでは無く、正式な学名や生息域、詳細な分類が整理されてわかることにくわえて、自身とその昆虫とがこれまでに出会ったことがあったことを思い出させるという次第です。これはもちろん昆虫に限らず植物も同様です。これはまでは図鑑をみるほうが先で実物に触れて感動することが多かったかもしれないが、生成AIの拡がっている現代であれば、実物を記録し、生成AIの実装されているツールを使って情報検索するという流れも可能になっています。こうして生成AIは紛れもなく学習の入り口としての役割を果たしています。
生成AIは突如現れたのではなく、持続的な開発の成果です。理科教育の研究領域においても、初期の性能評価においては入試問題などの正答率に関心が集まると共に、生成AIによる解答と学生の解答の違いを比較するといったことがなされています。また、生成AIの出力内容に対する学生の評価能力の研究では、一般的なAIリテラシーのみでなく、当該内容の知識に依存することも報告されています。近年においては、学習用に生成AIを調整し、生成AIが直接解答を出力するのではなく、学習者へ問い返しを行う「ソクラテス型対話(Socratic Dialogue)」の形式を取り入れるといった提案もなされています。こうした使用方法は理科の授業場面でもいくらか適用することができます。これまでも、比較を通して問題を見出したり、変数を整理して仮説を設定したりすることは理科教育において重要な授業場面でした。この過程に生成AIが関わることによって、学習者の想定とは異なる主張をしたり、データや資料の整理にかかるコストを短縮して学習主題に集中させたりというように、さらなる授業の質的向上をサポートすることが見込まれます。
また、生成AIを使うことによって、教授と学習にかかる暗黙の前提が浮き彫りになったり、何らかの共通認識があると想定していることが疑われたりします。そのなかのひとつが「理解」を巡る認識です。教育の文脈において、「理解」は頻繁に登場する用語ですが、「理解するとは?」という問いに皆さんはどのように答えられるでしょうか。ある大学院での講義において、まとめのための資料作成を終えた後の段階で、改めて「理解すること」について問うたところ、構造化したり言語化したりすること、ネットワークの形成、自身の知っていることとの関連づけ、解釈の精度向上というように、皆がそれぞれの理解観をもっていることが話されました。ただ単に生成AIを使うだけでは意図しないほどの膨大な資料を返してきますが、それらをどのように扱うかはあくまで教授と学習の目的によります。それゆえに、なぜその教授と学習に生成AIをつかうのか、使用の目的が明確であるべきだとして終えました。
- 「理数教育×AIの研究動向」について発表する松浦教授
次に、「生成AIがもたらす教授・学習の変容」と題してパネルディスカッションと質疑応答があわせてなされました。歴史教育と理科教育ではしばしば「資料」をめぐって対比的な領域になっていることが言われました。歴史教育では、出所が不明であったり偏見の入っているかもしれない資料を扱うことはむしろ学習の深まりに役立つのに対して、理科教育では、資料の正確さをもとにしてつくられる意見の対立や誤概念のほうに意義を見出すということです。オンライン参加者からも複数の質問がなされて、生成AIの使用と学習者の発達段階、評価などについて、各々の領域の事情と発表内容とに基づいて見解が示されました。次いで、パネルディスカッションの趣旨を考慮して、生成AIによって教授と学習はどのように変容するかについて述べられました。資料への圧倒的なアクセスのし易さはまず挙げられますが、そうして得られる複数資料や多様な文化的背景を持つ(ように演じることのできそうな)様々なアクターとしての生成AIには、集団での学びはもちろんのこと、学習者個々への対応が可能になるだろうということです。さらに、得られる資料のすべてをみせることが得策なわけではなく、手持ちの無い状態での探究を先に進めるための支援として扱ったり、専門的で読解の困難な資料を理解しやすいように読み替える支援をしたりというように、教育のねらいに応じるということが大切だとして終えました。
- ディスカッションの様子
- メモをとる参加者
- 会場全体の様子
最後に、影山准教授より、カリキュラムの問題は、何をどのように教えるかという教育的価値観と強く結びついていますが、これまで多く割り当ててきた「~できること」のための教授の時間が、「~できること」のほとんどが生成AIによっても実現されることは、「~できたこと」の評価や活用のための読解というように、大きな教育の転換にあることが述べられて、閉会となりました。
文責(影山和也)
Ⅱ.アンケートにご協力ください
多くの皆様にご参加いただきまして,誠にありがとうございました
ご参加の方は,事後アンケート(アンケートはこちらをクリックしてください)への回答にご協力ください。









