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【2026.3.19】定例オンラインセミナー講演会No.195「21世紀カリキュラムの近傍1:リテラシー」を開催しました。

公開日:2026年03月30日 カテゴリー:開催報告

I.開催報告

広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は、2026319日(木)に、定例オンラインセミナー講演会No.195「21世紀カリキュラムの近傍1:リテラシー」を開催しました。大学院生や研究者を中心に、12名の皆様にご参加いただきました。

はじめに、影山和也教授(広島大学)より、本セミナーの趣旨が説明されました。本セミナーでは、カリキュラムの問題を、教育システムの内部だけではなく外部によっても決まるとみて、何がカリキュラムを作るのか、カリキュラムの境界の引き直しそのものを扱い直したいという趣旨が確認されました。そのために、比喩的に「近傍」を導入し、カリキュラムを点とみたときにその近くにはどのような要素があるかを考えることが提起されました。これはつまり、カリキュラムをめぐる論点は、この近傍の配置・接続・境界の引き方として現れるだろうという見込みです。

 

 

次に、間瀬茂夫教授(広島大学)より、「読み書きにかかわるリテラシー論」と題した講演がなされました。AI時代における高次な読み書き能力や批判的思考力という課題と、従来の基盤的なリテラシー不安という二重の問題設定がなされました。つづけて国語カリキュラムのこれまでとしての拡張の歴史、学力低下や学習障がいをめぐる社会的関心、特別支援教育との接続をたどりながら、国語教育が「基礎か拡張か」という振り子のなかで揺れてきたことが確認されました。そのうえで、学習集団への参加保障だけでなく、教科内容に即した読解指導やアセスメント開発を通して、個別最適な学びをどう実現するかが現在の課題であることを述べました。

 

 

次に、三好美織准教授(広島大学)より、「理数にかかわるリテラシー論:リテラシーが科学と結びつくとき」と題した講演がなされました。科学的リテラシーという語が、単なる科学知識の所有ではなく、科学を社会的・文化的文脈のなかで理解し、評価し、活用する力として形成されてきたことが整理されました。1950年代以降の米国の科学教育における市民的資質、日本に伝播してきた経緯である文献の邦訳、さらにPISAにおける科学的リテラシー定義をたどりながら多様な意味を持ってきていること、科学教育の目標が「将来の科学者養成」から「思慮深い市民の形成」へと拡張してきたことが指摘されました。科学教育は市民のためか、あるいは将来の科学者のためかといった問いは、1960年代、理数系教育を中心とした現代化運動後にもしばしば反省されたことです。近年は、科学的知識の理解だけでなく(ヴィジョンⅠ:科学の内部におけるリテラシー)、社会的・環境的正義にかかわる行動(ヴィジョンⅡ:科学とその仕組みに対する外部的視点)まで射程に入ることを示しました。

 

 

次に、影山准教授より、「カリキュラムにおけるリテラシーのインパクト」と題した講演がなされました。PISA調査での数学的リテラシーと科学的リテラシーをならべてみたときに、前者は個人の能力という特徴があり、後者には自然現象の理解だけではなく意思決定にまで踏み込んでいることが挙げられました。

続けて、「リテラシー」は元々、学者や司祭のようなエリート層のものだったが、時代がたつにつれて、とくに産業革命によっても触発されて、広く市民に対して社会形成者としての役割が期待されるようになって普及し始めた語であることが述べられました。ゆえにリテラシーとは、教育システムにとって外部であった状態から、次第に内部に入ってきた一つの事例というわけです。さらに、OECDによるカリキュラムへのエコシステムアプローチをとりあげて、本セミナーは、こうした外部が入り込んでくることによって何が起きるか、何が周縁化されるかをみるという主旨が再確認されました。つぎのスライド(一部)は、カリキュラムを点とみたときに、それとの近さとして何があるかを模式的に示したものです。

 

 

計算にしても読み書きにしても、カリキュラムという仕掛けによって国民に身に付けさせたいスキルでありながら、近年ではその意味や意義を変えて、流暢に働かせたり場に適した運用をしたりというように変わってきています。これは市民にとっての科学の役割として科学的リテラシーが唄われたことも同じで、リテラシーがカリキュラムの近傍のなかで、時には評価の仕方すらもかえてきたことが窺われます。
そのほかにも、次回セミナーのテーマである人工知能もまたカリキュラムの近傍に入り込んできてカリキュラムの意味を揺さぶることが想定されていますが、これは単に人工知能が入り込むだけではなくそれまで近傍にあった技術や機器、情報リテラシーやメディアリテラシーなども巻き込んで一体となって変容していくことが想定されます。

 

 

最後に、登壇の三者より、本セミナーのまとめがなされました。計算や文字書きの意義がかわっていくことについて、ある記事の解釈は現代に生きる市民にとって求められる資質だとして、それを支えるものは何かということです。
書かれている文字や記号を読むこと、読んだことをもとに書かれていないことを想像すること、まさに現代教育の射程になってきているリテラシーが求められそうだとしてセミナーを終えました。

 

 

(文責:影山和也


 

Ⅱ.アンケートにご協力ください

多くの皆様にご参加いただきまして,誠にありがとうございました
ご参加の方は,事後アンケート(アンケートはこちらをクリックしてください)への回答にご協力ください。


*第195回定例セミナーのポスターはコチラです。

教育学研究科HPにも掲載されています(準備中)


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