【2024.02.04】定例オンラインセミナー講演会No.154「子どもを困難な歴史と出会わせる社会科授業デザインの理論と実際」を開催しました。
I.開催報告
広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は,2024年2月4日(日)に,第154回定例セミナー「子どもを困難な歴史と出会わせる社会科授業デザインの理論と実際」を開催しました。大学院生や学校教員を中心に129名の皆様にご参加いただきました。
はじめに,司会の金鍾成准教授(広島大学)より,本セミナーの趣旨が説明されました。金准教授から「困難な歴史といえばどのような歴史を思い出すか」という問いかけがなされた後,困難な歴史は、社会においてトラウマになっており思い出したくない歴史の出来事だけではなく(内容的な側面),カリキュラムにおける社会的・歴史的トラウマの再現とそれと学習者の教育的出会いによってある出来事が困難な歴史になりうると説明されました(方法的な側面)。そして,「子どもの感情的な反応を考慮した子どもを困難な歴史と出会わせる社会科授業デザインの理論と実際とはどのようなものか」というリサーチクエスチョンが提示され,参加者全体でセミナーの目的が確認されました。
次に,金鍾成准教授から子どもを困難な歴史と出会わせる社会科授業デザインの理論についての発表が行われました。
発表では,ジュリア・ローズ(Julia Rose)が提唱する記念的博物館教育学(CMP:Commemorative Museum Pedagogy)の概要とそれを活用した社会科授業デザインの原則が紹介されました。CMPは,現在を生きる学習者に倫理的主体として困難な歴史を再現する機会を与える教授・学習論です。学習科学の「学びにおける喪失(Loss in Learning)」,精神分析学の「困難さと出会う際の人間の認知的・感情的反応(5R:受容・抵抗・反復・省察・再考)」,倫理的再現のための「4つのツールボックス(現実,語り,顔,他者)」は,記念的博物館教育学を構成する3つの柱です。これらは互いに関連しながら,学習者を困難な歴史と出会わせ,現在を生きる倫理的主体として困難な歴史を再現することを支援することを支援します。
記念的博物館教育学に関する研究成果を踏まえて,以下のデザイン原則を抽出し,これらにもとづいて単元「福田村事件」と単元「公害」をデザインしたと説明されました。
- 困難な歴史を教えるための快適で切実な入り口を用意する
- 子どもに既有の歴史認識とその形成要因を捉えさせるように支援する
- 困難な歴史を経験した集団や個人(の語り)に出会わせ、集団や個人の存在を認知できるように支援する
- 困難な歴史やそれを経験した集団や個人に対する自分の感情を表出・可視化させ、その感情について他者と話し合う機会を設ける
- 困難な歴史を経験した集団や個人を取り巻く文脈は、社会・文化・政治的に構築されたものであることを理解・分析・検討できるように支援する
- 現在を生きる市民として、困難な歴史を経験した集団や個人の存在をふまえた語りなおしをする機会を設ける
- 子どもが自らの語りなおしを話し合う機会を設けて、語りなおすことの意義や意味について考えさせるように支援する
次に,後藤伊吹さん・露口幸将さん・劉旭さん(広島大学大学院・院生)から困難な歴史を教える授業例として「福田村事件」を題材とした発表が行われました。「福田村事件」を困難な歴史として取り扱った際の単元デザインを発表しました。単元の目的は「脆弱性をメタ認知したうえで行動できる子ども」を育成することであり,この目的を達成するために,導入・展開(1・2・3)・終結を用意しました。導入では,生徒が福田村事件を学ぶことの意義を見出せるように,福田村事件と同じ構造である現在の問題を取り上げています。展開1は,関東大震災と朝鮮人虐殺の概要を,生徒が自身の感情と向き合いながら理解していくパート,展開2は,福田村事件において虐殺が行われた要因を分析していく中で生徒が被害者(香川県の行商人)と出会うパート,展開3は,加害者側(福田村・田中村の村民)が虐殺を行った背景を分析することで,人間の脆弱性に子どもが気付いていくパートとなっています。終結では,被害者側・加害者側それぞれの歴史を子どもがどう記述するかという活動を設け,これまで語られてこなかった被害者の歴史を記憶・伝達していくとともに,人間の脆弱性をメタ認知した上でどう生きていくかについて,未来を意識しながら考えるパートになっています。本単元をつくるにあたって7つのデザイン原則を活用しました。困難な歴史を学校でそう教えるかについてどうして良いかわからない,できるか不安である,という方はぜひデザイン原則を活用していただけたらと思います。
次に,大岡慎治さん・溝口雄介さん・和田尚士さん(広島大学大学院・院生)から困難な歴史を教える授業例として「公害」を題材とした発表が行われました。発表では,教科書に描かれた水俣病の歴史の確認がされ,社会科教育学や社会教育での先行研究やGross&Terra(2018)の基準を参照して,「公害」が困難な歴史であることの定義付けが行われました。そして,作成した学習指導単元が紹介されました。この単元では,「公害」とりわけ「水俣病」を従来の政治経済としての問題として捉えるではなく,「人間の尊厳(どう在りたいか,どう生きたいか)」に関する問題として捉え直すことが目指されています。具体的には,教科書や水俣市立水俣病資料館・映画『水俣の甘夏』といった多様な媒体を通して,「水俣病」をめぐるさまざまな個人や人々(=従来の「勝訴」「生まれ変わり」という教科書の語りでは見えてこなかった,「市民同士での差別」を経験したり「水俣で生きていくしかなかった」個人や人々)と子どもたちを出会わせる学習過程となっています。ある歴史をめぐる既存の語りを持つ子どもたちに異なる語りと出会わせて,その歴史を「困難な」ものにしていく「方法的な側面」を生かすことで,さまざまな歴史的事象が「困難」になりうることを提起できたことが本単元の意義です。
次に,山元研二氏(北海道教育大学釧路校)による指定討論が行われました。「福田村事件」に対しては,①関東大震災以前、そして現在の朝鮮人差別についてと,②朝鮮人虐殺に際して朝鮮人をかばった日本人についてご質問をいただきました。
①について,特に現在の朝鮮人差別としてヘイトスピーチやそうした発言が今日もあり,それらは深刻に受け止めていること。②については,特定の「生き方」を教えることを回避すべく今回は取り上げなかったことを返答いたしました。朝鮮人差別についてより時間的に広範囲に考えていく必要性と「困難な歴史」を経験した人々が再び歴史に埋もれてしまうことがないように配慮しつつ,より多様な人々を取り上げる必要性について考えることができました。「公害(水俣病)」に対しては,①これまでの水俣病学習から継承する点と課題点は何か,②公害学習のポイントである公害発生のメカニズムや被害が継続した理由などは本単元でどのように学ばれているかというご質問をいただきました。①について,これまでの水俣病学習では,勝訴や生まれ変わりという語りの中で水俣病をめぐる「他者」に出会えていないことが課題だと指摘し,「他者」に出会える単元を開発したこと,②については,第2次の水俣病資料館の訪問を通して学習するという形を採用したと返答いたしました。一方で,従来の水俣病学習との接続が深められていない点が課題であると認識させていただきました。
次に,金鍾成准教授をファシリテーターとして,質疑応答が行われました。参加者からは「倫理的再現」の具体をご教示くださいという質問が投げかけられ,それに対しては,「倫理的再現とは,困難な歴史とどのように向き合うのか,異なる語りを持つ他者とどのような関係をつくればよいかという問いに向き合うこと」という旨の応答がなされていました。
「困難な歴史」として公害を扱う単元の提案に対して,参加者の皆様からいただいたご意見・ご質問を大別すると,①「困難さ」の捉えに関するもの,②生徒の感情の表出に関するもの,③学習評価に関するもの,④カリキュラム上の位置づけに関するもの,の4点に集約されました。紙幅の関係ですべてに回答することはできませんが,セミナー後の協議をふまえた回答をお示しします。
「困難さ」の定義はセミナー冒頭で説明した通りですが,どの程度「困難さ」を覚えるかは教師や生徒の置かれた状況,実践される教室の文脈によって変わります。「教師にとっての『困難な歴史』は生徒にとっても『困難な歴史』なのか」というご指摘は,「困難な歴史」の文脈依存性を表すものであったと受け止めています。
そこで重要となるのが,どのような「他者」とどのように「出会わせる」かという単元の軸を,教師が教室の文脈に応じて適切に決定できるかだと考えます。本報告では,公害を経験した「他者」と出会う媒体として教科書や資料館,映画を選択した理由や,そこでの出会いを「感情」に着目して言語化させる手法の意図や効果について言語化できていません。この点がクリアにならなければ,いくら「困難な歴史」を教える意義や価値が共有されても,実践に移すことは難しいでしょう。私たちがいかにしてこの単元を開発するに至ったのか,その試行錯誤の過程を言語化することを通じて,先の課題に応えていく必要があると考えています。
最後に,発表者および指定討論者がこれまでの講演と質疑応答をまとめるかたちで,セミナーが幕を閉じました。
今回のセミナーを踏まえ、EVRIは以下のような政策提言を構想します。
・困難な歴史を教えることで異なる語りを持つ他者とともに生きる市民を育成することができます。しかしながら,困難な歴史を教えることは容易ではございません。本セミナーでは,困難な歴史を教える「困難さ」の一つである体系的な教育方法の不在という課題に挑戦しました。子どもを困難な歴史と出会わせる社会科授業デザインの理論の体系化を通して,困難な歴史を教えようとする社会科教師を支援し続けることが必要です。
文責(金鍾成・後藤伊吹・露口幸将・劉旭・大岡慎治・溝口雄介・和田尚士)
Ⅱ.アンケートにご協力ください
多くの皆様にご参加いただきまして,誠にありがとうございました
ご参加の方は,事後アンケート(アンケートはこちらをクリックしてください)への回答にご協力ください。
教育学研究科HPにも掲載されています
本イベントに関するご意見・ご感想がございましたら,
下記フォームよりご共有ください。
※イベント一覧に戻るには,画像をクリックしてください。