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【2024.04.29-05.01】米国・カリフォルニア州の社会科カリキュラム及び遠隔授業ニーズの調査報告

公開日:2024年05月17日 カテゴリー:お知らせ

 

 

草原教授,金准教授,川本特任助教,三井特任助教,宇ノ木研究員が,4月29日から5月1日にかけてロサンゼルス郊外の某市を訪問し,6つの小学校と1つの大学の実践を観察・調査しました。

〇4月29日

まず小学校5年生の「米国史」の授業を参観しました。前半は,子どもたちは,現に今どのような「コミュニティ」に所属しているか,その「コミュニティ」が健全で安全で強くなるにはどのような条件が必要かを考えていました。「コミュニティ」は,クラスや学校,スポーツクラブなどの身近な組織から州や国といった政治機関までを同じように扱っていました。良い「コミュニティ」の条件を考える際には,ワードクラウドを活用して意見の集約を図っていました。後半では,イギリスからアメリカ大陸に移住した人々がつくった最初の集落(プリマスやジェームスタウン)が「コミュニティ」としていかに成立していたかを,前半で学んだ条件を適用しながら,「主張・根拠・理由付け」を踏まえてまとめる活動に取り組んでいました。教師が子どもにそれは「なぜ?」「どんな根拠からいえるの?」などの質問を繰り返している様子が見られました。

続いて,幼稚園の年長段階における授業を参観しました。時間ごとに机を回りながら課題にこたえていくステーション方式の授業でした。5つの課題(①アルファベットを書く,②指定された形を積み木で作る,③天秤を用いてそれぞれの重さを比較する,④書かれた単語とそれが意味するイラストをマッチングさせる,⑤ボードゲームを活用した計算)に,遊びながらも真剣に取り組む様子が印象的でした。

最後に,小学校4年生の「地域史(州史)」を参観しました。前半では,原野が広がる町の絵とたくさんの家屋が集まった町の絵を見せ,率直な感想を言わせていました。教師は2つの絵は同じ1848年と1850年のたった2年しか違わないサンフランシスコを描いていることを示し,この間にゴールドラッシュがあったことや多くのアジア系移民がカリフォルニアに移り住んだことを確認しました。公判では,グループで考える課題として,①なぜ移民はカリフォルニアに来たのか,②どのくらいの移民がきたのか,③どんな仕事をしていたのか,④どんな困難があったのか,⑤「人種のるつぼ」としてカリフォルニアが描かれることに賛成か反対か,の課題に取り組んでいました。子どもたちはこれまでに学んだ知識や教師の用意した資料等をもとに,各問の答えをGoogleスライドにまとめていました。

各授業を見て印象に残ったことは,意見の作り方を小学校段階から意図的に教えていたことです。掲示物が日本の教室に比べて充実しており,“Citizenship”など「市民」を意識させる掲示も特徴的でした。(宇ノ木)

〇4月30日

小学校2年生の「コミュニティ」の学習を2クラスで見学しました。同一学年・同一テーマですが,異なる教師の授業を続けて観察したことで,両実践の共通点と相違点を考えることができました。見学した授業の目的は共通して,子どもがルールの存在を自覚し,その意味や意義を理解すること。そのうえで,ルールと自分自身が所属するコミュニティとの関係性について考えることでした。

まずX教師のクラスでは「なぜルールは大切か?」を中心発問とした授業が展開されました。子どもは「教室で大切にすべきルールは何か?」「それはどうしてか?」について,3〜4名の小グループに分かれて意見を出したのちに,全体で発表しました。教師は子どもの発表を促し,見守り,承認することに努めていました。その後,国のルールを定める合衆国に注目し,合衆国を表象するシンボル(自由の女神やホワイトハウス,憲法など)を確認。次時以降の活動(自らのシンボルを表現する)への接続を図っていました。なお,このクラスでは,20数名の子どもに対して学級担任,教育実習生を含む4名の大人が授業に入っていました。見学した小学校が所在する学区では,学区教育委員会の派遣により,特別な支援が必要な子どもにサポーターを配置することが一般的とのことです。

Y教師の授業では「私たちは世界市民である」という命題が子どもたちに投げかけられ,授業が展開されていました。その上で私たちが所属している複数のコミュニティ(earth, continent, state, county, city,school)の種類と,それらが誰によって・どのように統治されているかを,子どもとの対話を通して確認していました。Y教師の授業で印象的だったのは次の3点です。まず,授業冒頭に子どもの集中力を保持するためのマインドフルネスのワークが取り入れられていたこと。次に,キー概念の定義を明確かつ平易な言葉で説明していたこと。そして,教師と子ども間で対話ベースの授業が展開されていたことです。子どもの発言に対して,常に「Why?」で問い返すY教師の姿が非常に印象的でした。

このように,2つの実践は同じ学年の同じ内容を扱っていたにも関わらず,その進め方は大きく異なっていました。その一方で,①概念を活用したオープンクエスチョンの問いで展開していたこと,②子ども同士のグループワークや教師との対話,全体での意見発表など,様々な形で子どもの発言の機会が確保されていたこと,③教師は常に子どもの発言・意見を引き出していたことなどは,いずれのクラスにも共通していました。

なお,同日には,現地の受け入れを調整いただいた学区のコンサルタントに対してNICEプロジェクトを紹介する機会を得ました。カリフォルニア版のNICEを組織する可能性,日本の学校教育とのコラボレーションの可能性,数週間にわたる長期的な単元展開の可能性など,高い関心と代案を示していただきました。

このたびの授業観察で印象的だったのは,探究的で教科横断的な授業構成です。社会科の概念を踏まえつつ,学習者自身の知識や経験・感覚を通して意見を形成し,論理的に表現することを重視した言語指導は,衝撃的で示唆に富むものでした。(川本)

 

〇5月1日

6年生の「世界文化」と「政治」の学習を参観しました。

教室の外の丸テーブルで,iPadを使いながら学習している子どもたちに出迎えられた後,教室の中では古代ギリシャの衣服をまとった先生が待っていてくださいました(教室には,古代ギリシャの政治について調べた内容が,所狭しに掲示されていました)。

この授業の特徴の1つ目は,1日目の幼稚園の授業と同様に,ステーション形式で授業が行われていたことです。学級内を3つのステーションに分け,それぞれの場で指定されたタスクに従事しながら,知識の獲得や活用が目指されていました。ステーション形式の授業は,アメリカでは一般的な学習スタイルとのこと。今回は,①教室外の丸テーブルのグループに加え,②教室内のiPadを検索の道具として使用している個別学習グループ,③プロジェクタに投影された絵本を見ながら教師と協働で学習しているグループ,の計3つのステーションがありました。

2つ目の特徴は,絵本に登場する動物たちの行動を通して,集会の自由や言論の自由など,合衆国憲法が定める人権規定に気づかせていたことです。飼い主に電気毛布を要求する家畜たち(牛や鶏),牛乳を出さない・卵を産まない行為でストライキを行う家畜たち,それに対して巧みに取引を試みる飼い主。絵やキャラクターを通して物語を楽しみながらも,そこに組み込まれた憲法が定める権利とその行使の姿を具体的に読み取っていました。

3つ目の特徴は,授業の後半には,ステーション形式を終え,全員で古代ギリシャの民主政治を,役割演技を通して学んでいたことです。みんなで聞く音楽を誰が決めるのかを実際に体験を通して学んでいました。絶対的な王様が決める君主制,少数のリーダーが決める寡頭制,特定の代表が市民の意見を聞いて決める代表制,そして全員で投票して決める民主制,それぞれを実際にシミュレーションしていました。スマホから流れてくる音楽を楽しみながら,それぞれの制度の意味や市民の気持ちを考えさせる授業は印象的でした。

午後からは,近隣の大学に行き,将来,教職に就くために学んでいる学生の授業に参加しました。授業の目的は,第2次世界大戦中の日系人の強制収容の問題(米国の社会科ではよく取り上げられている)に対して,訪米者の私たちの話を聞き,考えを深めたいとのことでした。教員は2つの論文を提示し,学生に読み比べさせた後,私たちに日本の歴史と文化,教育について質問をさせました。当事者の声に耳を傾けることの意義を理解させ,その方法を実体験させようとしたのだと思います。文字を通して羅列的に教えるのではなく,資料を通して考えさせたり,(オンラインを含めて)当事者の声を通して考えを深めさせたりすることは,大学に限らず,小中学校の授業でも実践できると思います。

なお,質問の時間には,日本との文化や価値観の違いに加えて,「学校で起きるトラブルの解決法」や「特別な配慮が必要な児童への接し方」などの問いが,繰り返し提示されました。子どものことを真剣に考え,熱心に質問する姿に,教育について世界をまたいで話し合う喜びを感じました。(三井)

この3日間の調査で,NICEプロジェクトを海外の社会科に拡張していく際のポイントを,具体的には,問いの立て方や探究のさせ方,概念の使い方,市民の巻き込み方や市民の声を直接聞く意味,身近なコミュニティと歴史・政治との関係づけの方略,長いスパンでの対話と探究を保障するカリキュラム等について学ぶことができました。訪問をアレンジいただいた学区のコンサルタント,訪問を受け入れて下さった学校の校長先生,授業を公開して下さった先生方,そして学習者の皆様に感謝申し上げます。今後は,海外の教育者・研究者を東広島市に招いて,NICEの改善と拡張の可能性を議論していく予定です。(草原)

また,草原教授,金准教授が今回のアメリカ調査についてYouTubeで語っています。動画はこちら

 

本授業は,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」採択事業「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」とも連動しています。同事業の詳細については,バナーをクリックするか,こちらからご覧ください。