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Research「教師教育」研究クラスタ


学びを“ナカと”ソト“から振り返るポートフォリオ評価は

教師教育にどう機能するか?

ー”汎用的な教職ポートフォリオ評価システム”を開発する 

記事公開日:2019年4月1日

大学における教師教育は、教員免許の所得を目的とした教員養成段階のみならず、教職大学院等における現職教員の再教育にまで拡大してきており、それぞれで質の高さが求められている。また、「開放性の原則」を取っている日本では、総合大学の教員養成学部以外の学部でも免許を取得することができ、これまで多くの人材を現場へと輩出している。しかしながら、教師教育の目的が免許取得にとどまる傾向にあり、自己を省みながら日々実践を繰り返す”反省的実践家”として学生を教育するという面では十分でないという指摘もある…。

本クラスタのリーダー:間瀬茂夫先生(以下、敬称略)は、広島大学大学院教育学研究科国語文化教育学講座の教授である。また、長年国語教育学や教師教育の研究に取り組んできた。特に学生の頃は”学力モデルと授業のあり方”、つまり、学習者の中に形成される“学力”とその育成に寄与する“授業”に関心があったそうだ。一見、”学力モデル”と”ポートフォリオ”はあまり繋がりがないように思えるが、「学生の頃から僕の関心はここにもあったんだ」と自己の研究の繋がりをインタビュー中に一言。ここでいう「ここ」とは、「教師から見た学力観」であり、この教師の学力観の形成に、ポートフォリオが大きく関わってくると考えている。

本クラスタでは、教員養成の仕組みを抜本的に見直し、カリキュラムを改善することを通して、教師教育の質の向上策の提案に取り組んでいる。そこで今回は、「カリキュラム」研究ユニット、「教師教育」クラスタの代表を務める間瀬から、本ユニットの研究の最前線と、取り組みに対する想いや今後の展望を語って頂いた。

教師教育クラスタリーダーの間瀬茂夫先生

 

 

なぜ”ポートフォリオ”について考えるのか

間瀬は現在、挑戦的研究(萌芽)総合大学における汎用ポートフォリオ評価システムの開発による教職カリキュラムの改善(平成29年〜31年)に取り組んでいる。

自分がこれまで学んできたことややってきたことの蓄積が何もなかったとしたら…悲劇だよ」と一言。エキスパート教師(熟練教師)への研修にも携わっている間瀬は時々思うそうだ。「何十年と教師をやってきても、自分の学びや成果の蓄積が一つもない教師には、課題が生まれないでしょうね。履歴から生まれる課題とその克服が教師人生の変化につながると思うんです」。間瀬は、教員養成のうちから自己の学びや成果を蓄積できる教師として育てたいそうだ。その1つの方略としてポートフォリオをあげ、このポートフォリオについて考えることの契機について3つ説明した。

(1)教師の“ナカ”に形成される“学力観”への興味

間瀬はこれまで、子どもたちが身につけていく学力は、教師の考える学力観によって変わってくることに着目していた。一橋大学名誉教授の中内敏夫先生(参考:「学力とは何か」岩波新書)の理論を参考にすると、学力は“学習者の中に形成されるもの”、“教師の中にモデルとしてあるもの”、“教材が持っている要素”、そして“相互関係の中で育っていくもの”という4つの要素で考えられるという。中でも、間瀬は2つ目の“教師の中にモデルとしてあるもの=教師の学力観”として、教師がどういう学力観をどうやって自分の中に形成していくのかということに興味・関心があったそうだ。そして、「教師の“ソト”にあるものではなく、教師が“ソト”から学び“ナカ”に取り込んだことと、“ソト”のものとの関わりの中で教育というものは変わってくる」と自己の教育観を語り、“ソト”との関わりの中で形成された教師の“ナカ”にある考え方に以前から注目していたと語る。なお、教師の学力観については2017年に出版された「説明的文章の読みの学力形成論」にまとめられている。

 

[説明的文章の読みの学力形成論(2017)]

 

2)教職実践演習の始まり

「教育職員免許法施行規則」の一部改正により、平成22年度以降に大学に入学して教職課程を履修する学生には、「教職に関する科目」として「教職実践演習」を履修することが決まった。この授業は、教員として必要な知識技能などが習得できていることを確認するため、その証拠や振り返るための資料を残していく必要があり、文科省は“履修カルテ”の作成を求めている。そこで、広島大学は、この履修カルテを“教員免許ポートフォリオ”とし、平成22年度から教員免許ポートフォリオ・システムを立ち上げた。また、文科省は「教職実践演習」の中に4つの事項を含めることを求めているが、それをもとに広島大学では教員に求められる資質・能力を8つの規準で表した「教員養成広大スタンダード」を作成している。そして、国語科教師を対象とした教師教育研究を主要な開発と改善に関する実務の中心メンバーとして取り組むこととなった。

[広島大学教職実践演習・教職免許ポートフォリオHPより“教職実践演習までの流れ”]

[広島大学教職実践演習・教職免許ポートフォリオHPより“教員養成広大スタンダード(中・高免許用)”]

 

 

 

広島大学の取り組みから見た教職ポートフォリオ評価システムの可能性とは?!

先に述べた広島大学における「教員免許ポートフォリオシステム」と「教員養成スタンダード」の開発・改善には、間瀬と同じく教師教育クラスタのメンバーである吉田成章先生(教育学講座)や、学習空間ユニット・知識創成クラスタのメンバーである森田愛子先生(心理学)、EVRIセンター長であり社会認識科学講座の教授でもある草原和博先生を含むその他教科の先生方と共同して取り組んできた。その成果や課題は「広島大学教育学部における教員免許ポートフォリオと『教職実践演習』の教育的効果の検証と改善(平成28年)」や「教員免許ポートフォリオの改善による教師教育の再構築(平成29年)」にまとめられている。

広島大学教育学部における教員免許ポートフォリオと
『教職実践演習』の教育的効果の検証と改善(平成28年)」
教員免許ポートフォリオの改善による教師教育の再構築(平成29年)」

 

 

この共同研究プロジェクトを通して明らかとなった、広島大学における教職ポートフォリオ評価システムの成果や課題を紹介しよう。

1)学びの蓄積はデータか?実物か?

広島大学では、ウェブ・システムを用いており、8つの規準と対応したシステム構築や、学びの記録の蓄積機能、学生および教員による評価機能、閲覧の簡易化などの成果が上げてきた。しかしながら、ウェブ上に学びの記録を蓄積するシステム(授業や実習で自己が作成した資料や教員からの評価物など、様々な資料をデータ化してアップするシステム)であったため、そのウェブ・システムを利用できない他者とは作成したポートフォリオを共有できないなど、活用機会が喪失されていることが課題としてあげられた。そのため、教職実践演習で「これまでウェブにアップしてきたものや、手元で保管していた膨大な記録の中から、自分が必要だと思う学びの記録を“選んで”、ファイルに“まとめる”」という形で持ち運び可能な実物による「抽出ポートフォリオ」の作成を始めたのである。そうすることで、より多くの人とポートフォリオを共有できる機会が与えられると考えた。

[草原和博先生が手に持っているのが「抽出ポートフォリオ」]

 

2)自己の“教育観”を考える

これまでの取り組みを通し、ポートフォリオ評価システム自体は整備されてきた。しかし、間瀬は8つある規準がそれぞれ分離して学生や教員にも捉えられていることに課題を感じていた。そこで、これまでの学びを規準別のものとして振り返るのではなく、教師としての自己のあり方の全体として総括するために、「抽出ポートフォリオ」の作成に加え、自己の「教育観(=ティーチング・フィロソフィー)」の作成を教職実践演習に取り入れた。この教育観を作成する時に大切なのが、“選ぶ”という作業だという。これまでの学びの履歴の中で、自分にとって何が大切なのかを考え、選び出す(振り返る)という作業のプロセスで、自分の「教師となるための抱負」や「教師としての心構え」、「自分自身の教育観・授業観」などが言語化できると考えている。

ポートフォリオは、決められた単位や教育実習の集積ではなく、自らの学びを繰り返し振り返ってその意味を考え、自らの教師像や教育観を形成する機会を実現する。そして、「限られた教職カリキュラムを履修する中で、反省的実践家としての第一歩をいかに歩ませるか」というところに教職ポートフォリオ評価システムの可能性を感じている。

 

 

 

汎用的な教職ポートフォリオ評価システムの開発に向けた取り組み

開放性の教員養成を認めている日本では、教員養成大学・学部以外での教員養成が盛んに行われている。しかしながら、総合大学では教職カリキュラムを維持することや教務中心の学習評価になっていることなどが課題として指摘され、学生の学びを中心的な目的とした教職カリキュラムと教員養成の質向上に向けた改善策の検討が求められている。

また、教職カリキュラムの研究が個々の大学の枠組みにとどまっているという傾向も踏まえ、日本の大学における全体的な教員養成の質の向上が課題として挙げられるようになった。

そこで本科研では、教職教育(教授学と心理学)と教科教育(教科教育方法学と専門的学問)を専門とする共同研究者との協働、教員養成コース担当教員他学部の教師教育担当教員との協働、そして、教師教育および専門学問システム工学との協働という3つの協働を複合的に仕組み、どの大学でも汎用的に活用することのできるポートフォリオを中核とした教職評価システムの開発に取り組むこととなった。そして、これまで行ってきた具体的な取り組みとしては、広島大学におけるシステムや授業の実施・検討および改善や国内外の他大学における取り組みの調査、そして、外部評価がある。“ナカ”である広島大学での取り組みについてはこれまで述べてきたので、“ソト”である他大学とこれまで実施してきた取り組みについて紹介したい。

 

【具体的な取組1】他大学における実態調査

“ソト”との関わりから“ナカ”を見る取り組みと言えるだろう。これまで間瀬らは、他大学における取り組みとの比較から、広島大学の成果や課題を検討してきた。まず、教員養成学部を持つ総合大学の島根大学と福井大学とは、平成28年に「教職実践演習検討会」を開催し、各大学の取り組みについて成果や課題を報告し合い、教職実践演習を中核とした、これからの教職カリキュラムやポートフォリオ評価のあり方について意見をかわした。また、教員養成に研究型総合大学として取り組んでいる慶應大学と研究型総合大学として取り組んでいる京都大学を訪問し、教員養成学部を持たない大学における教員養成の取り組みを調査した。間瀬は、この4大学との取り組みを通して広島大学の「教員免許ポートフォリオ」システムがデータベースの機能に偏り、人を繋ぐコミュニケーションのツールとしてあまり機能していないことを課題として捉えるようになった。そして、学生と学生、学生と教師の対面的なコミュニケーションを促すツールとして実物のポートフォリオがどう機能するのかについて、検討する必要性を感じるようになったのである。

 

【具体的な取組2】海外の大学のける実態調査

また、国内だけでなく、ライプツィヒ大学(ドイツ)での実地調査を行ってきた。また、平成29年には本クラスタのメンバーである吉田先生が中心となり、EVRIと共催してProf. Dr. Andreas Gruschka先生(元フランクフルト大学)をお招きし、教授学―授業研究―教師教育との関係性に関するセミナーを開催した。これら取り組みを通し、海外における教師教育の視点からポートフォリオ評価システムの改善に関する示唆を得ることができた。

[ライプツィヒ大学での調査]

[EVRIレターNo.09「ドイツの授業研究と教師教育」]

 

【具体的な取組3】外部評価

他大学の取り組みについて調査するだけでなく、それらを元に改善を行った広島大学の取り組みを“ソト”から評価してもらうという活動も行ってきた。具体的には平成311月に、教育方法学をご専門とする京都大学の石井英真先生をお招きし、実際に教職実践演習の様子などを見学していただき、コメントをいただくという形で広島大学の取り組みに対する評価を行っていただいた。また、この取り組みはEVRI主催、教師教育者クラスタ代表の丸山恭司先生(2018年度科学研究費補助金(基盤研究(B))「グローバルに教職高度化を促進する教師教育者養成研修モデルの開発」(研究代表者:丸山恭司)との共催でセミナーとして開催され、ポートフォリオ評価を軸にこれからの教職カリキュラムをいかに展望していくか、ディスカッションが行われた。

このような取り組みを経て、現在は汎用的な教職ポートフォリオ評価システムの開発に取り組んでいる。この“汎用性”については、「実践的な取り組みとしての汎用性と支援する(ウェブ)システムの汎用性」の2つを挙げた。前者については、広島大学がやってきた具体的な取り組みの中から、他大学との交流を通して一般性を取り出し、抽象化・モデル化することを目指している。そして、後者については、広島大学のウェブ・システムの改善に取り組み、各大学にある既存の学習支援システムなどのウェブ・システムと関連させられるような可塑性のあるシステムを作ることを目指している。実際に、情報処理の専門家を共同研究者とし、ウェブ・システムの改善にも取り組んでいる。

[EVRI定例セミナーNo.15の告知ポスター]

     [EVRIレターNo.42]

 

 

 

今後の展望:”つなぐ”ツールとしてのポートフォリオ

汎用的な教職ポートフォリオ評価システムの開発に関する話をしている途中、「汎用性の中心を作りたいんです」と間瀬が述べた。それぞれの大学に開発したシステムが広がり、それぞれの大学に合わせた形で実施されることを期待しているが、その時にこれだけは押さえてほしい、システムのコアとなる部分である。このことについて、間瀬は人と人、実践と実践を「つなぐツール」であることを強調していた。つまり、デジタルでも、アナログでも、大切なのはポートフォリオが繋がりを生み出すツールになるということである。世界には、先生になりたい者が、自分の履歴を持って面接にいくという採用スタイルをとっている国もある。日本でそれを取り入れるのは難しいし、効果的な方法であるかどうかは分からないが、例えば現職研修の時に自分をアピールできる資料があるというのは面白い。選び抜かれた自分の履歴をまとめたポートフォリオを手に、「私はこんな実践をやってきたんです」と学生や教師や研究者が相互に語り合い、評価し合える機会が増えると、教育も変わっていく気がする。

 

 

最後に間瀬は、「ポートフォリオが学生や教師自身にとっても、周りの学生や教師にとっても、そして子どもにとっても意味を持つものになり、
社会的な財になることを期待している」と述べ、下の言葉を書いて示した。