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学校の教室空間の「再政治化」への挑戦「市民性教育」サブユニットの活動

記事公開日:2020年12月28日

市民性教育サブユニットではどのような研究を展開していくのだろうか。市民性教育は、本ユニット全体のコンセプトである「対話にもとづいて学校空間を民主化・政治化する方法をデザインする」の中核にあたる研究を展開していく。教室空間の変革に向けて、とりわけヨーロッパ諸国との比較をしながら日本の教師像の変革にアプローチしている川口広美先生(以下、敬称略)に話を伺った。同ユニットで、オーストリアの政治教育の研究を進めている草原先生にも同席していただいた。

 

市民性教育ユニットの挑戦:教室の中で論争問題を扱う

 

〇市民性教育ユニットのカギとしての教師

子どもが対話する民主的な教室空間をデザインする。平和・市民性教育ユニット全体のコンセプトの実現に欠かせない存在が教師であると川口は強調する。

「(子どもがお互いの差異を認め合う対話的な関係のある教室を)実現するキーパーソンとして、私はずっと教師に着目してきました。このような環境を実現するために教師には何ができるのかを考えています…」

しかしながら、川口にとっての教師への期待は、理想的な教師の取組に由来するものではない。むしろ日本の教師の姿への疑問に由来するものであった。

 

〇「学校の先生ってなかなかしゃべってくれない・・・」日本の教師の変革から教室空間の変革を目指す

川口の研究の出発点は、院生時代の研究に遡る。英国ヨーク大学でシティズンシップ教育のカリキュラムを研究していた川口は、既成のプログラムを分析するだけではシティズンシップ教育の実態に迫れないことに気づき、教師のカリキュラムづくりへと研究対象を切り替えていった。さらにその過程で、シティズンシップ教育の実践が、その教師の生きる国や地域の社会・経済的な文脈に大きく依存していることを目の当たりにし、カリキュラムの研究から教師の研究へと軸足を移す必要性に駆られていったという。

【川口のカリキュラム分析に関わる関連業績】

学校の先生は何を考えながら教室で授業を作り、子どもと関わっているのだろう。博士論文を書き終えて、川口が日本の教師にインタビュー調査を進めていった時のことだった。教室の中での子どもが意見の対立や交流についてどのように議論し、学習をしているかについて聞いてみたところ、ほとんどの教師から返ってくるのは、したくてもできないという,受験や学習指導要領、教科書の制約を訴える声であった。

「先生にインタビューしただけではわからないことも見えてきたんですよ。結局のところ言われるのは「学習指導要領に載ってないから」とか「教科書に書いてない」からっていうことです。いや、実際は学習指導要領にも「社会問題を中心に」とか載っているし、教科書にも書いてあるんですよね。それでもできないんです。何かしらの原因で。でもそれ以上インタビューで突っ込んでも出てこないので、先生ができないと思う意識の裏側に迫りたいって思うようになりました」。

こうした経緯から、川口の中では教師の置かれた状況や構造への関心が高まった。「学校の先生を変えるとか、学習指導要領や教科書を批判するとかではなく、先生が教室の中で論争問題を扱えなくさせてしまっている理由が気になるんです」。この問いが、科学研究費・若手研究「社会科教師は論争問題をどのように捉えているか―「政治的中立性」との関係から―」に結実するに至った。

研究成果はすでに教育目標・評価学会紀要をはじめとする論文に着実に蓄積されている。現在も量的調査と質的調査を組み合わせながら、教師が教室で論争問題を扱う上での困難や克服の方途について研究を進めている。さらに、この問題意識は教員養成課程や教師教育者のあり方にも拡張され、教職観の形成の背景を問う研究にもつながっている。

【教室の中の論争問題やシティズンシップ、教師研究に関わる関連業績】

 

世界の教室との比較の中で―イギリスの学校、オーストリアの学校―

 

こうした日本の教室に対する問題意識の芽生えは、川口自身が見てきたヨーロッパ諸国での教室の「当たり前」があった。

「わたしは比較研究が好きでこれまで結構やってきたのですが、そうすると日本の中に埋め込まれている当たり前みたいなのが、ひっくり返される瞬間というのがいっぱいあるんです。そういう意味では社会文化的な文脈はすごく大事だなって思います。とくに、ずっと話してきているこの教室の論争問題に関わるときに、違いがとても見えてくるんですよね。」

 

〇”SAME EDUCATION for ALL” or “CELEBRATE DIVERSITY”

「一般化しすぎるのはよくないけれど」と述べつつ、特に日本とヨーロッパの教室文化の違いについて、自己の経験と研究の成果とともに川口は語る。

「日本の先生の授業を見ていると、いろんな意見が出てきたけど、みんなおんなじだよねというところに落ち着けがちだったり、みんな一生懸命考えてよかったねとか共通のプロセスを褒めて終わることが多いんです。しかし海外の場合って、見た目からして一人ひとりぜんぜん違うので、そもそも違って当たり前というか、個々のニーズに合わせることが求められています。」

川口は恒吉僚子(東京大学)先生の書籍を参照しながら、日本の教師のもつ哲学を「same education for all」と説明した。「この哲学が強いとは元々思っていたのですが、結局これが色々なところに現れてきます。これが論争問題ができないことの一因になっているのかなって思います」。

他方で川口が院生時代に留学したイギリスの教室空間では、対立や意見の相違が重視されていた。特に印象に残ったものとして、ある学校「celebrate diversity」というコンセプトを紹介する。

「私がイギリスにいたのは2008年頃です。当時イギリスには旧植民地の人ではない、新しい世代の移民が増えていました。また特別支援教育の方針転換があったりして、diversityは時にネガティブに捉えられることもありました。しかし、私が出会った学校の先生は「celebrating diversityにしたいんだ、子どもたちはみんな言葉も違うし、バックグランドも違うし、宗教も違うのだから、子どもに共通の決まったナショナルアイデンティティーイギリス人らしさ―を教えるよりも、もっと大事なものがあるのではないか」と語っていたんです。こういった先生たちは、アイデンティティはいろいろあっても、同じ地域で生活していることは紛れもない事実だとして、子どもの多様性とローカルシティズンシップの育成を大切にされていました。」

「日本の学校で地域活動といえば・・・、清掃活動とか(笑)。地域の年長者がしたいことを子どもにさせる」というネガティブなイメージをもっていたという。しかしイギリスの学校では、子どもがやりたいことをそのまま子どもにやらせる、全く趣きの違うプロジェクト学習が見られたという。「発表の形式がラップだったりしたんです。私は正直驚いたんですけど、先生たちがそれをすごい褒めるんですよ。よい自己表現ができたねって。そこに文化差を感じて・・・。子どもが違うことが当たり前で、子どもが言いやすい表現で表現する文化、子どもがしたい表現方法を彼らなりの表現方法だと認めていく様子を目の当たりにしました」。「celebrate diversity」の意味が腑に落ちた瞬間だった。

多様性を尊重する教室空間のあり方は、ノルウェーオーストリアでも感じることができた。しかしそこで川口は、単に論争し合うだけが民主的・政治的な教室空間でないことに気がつく。

「オーストリアの教室に行ったとき、最初は戸惑いがあったんですよ。これまでに見てきたイギリスとかアメリカの教室には,たくさんの議論があり,わかりやすい意見の衝突場面がありました。でも、オーストリアにはなかったんですよ。もちろんよく見ると、衝突場面はあるんです。しかし直接他者とやりあうんじゃなくて、意見を紙に書きながら、なぜそのように考えるのかを考えたり、意見の交流を通して自己の考えを省察する時間が多い。他者との対話というよりも、自己との対話が大事にされているんですね。」

後述する科研・(国際共同研究強化(B))「オーストリア政治教育の挑戦-教室空間で政治問題をいかに教えるか-」の代表を務める草原は,当時を思い起こしながらこう言う。「これ(静かな自己との対話)に気づくまでに結構時間かかりました。最初は「あれ、政治教育あんまりやっていないのかな。フィールド間違えたかな。失敗した!と思った(笑)」,しかし「現実社会のリアルな現象を静かに語り合う意味を突き詰めて考えていくと、その意味が見えてきた」と草原。

イギリスのように差異と多様性に目を向けた教室空間である点では似ているが、それを論争で可視化させるのではなく、差異や多様性を自分の中でじっくり吟味して持ち帰るような学びの過程がオーストリアにはあった。「対話についての考え方が浅かったんだなと自覚させられました。対話の目的って、他者を説得するためだけではなくて、自己や私達の価値観をメタ認知するためにもある。そういう時間というのは、派手ではなく静かなんですよね」。こうして教室空間の中の対話のあり方についての探究は、オーストリアの研究で新たな展開を迎えることとなった。

 

オーストリアの政治教育の挑戦に学ぶ

 

〇オーストリアとの出会い―ウィーン大学歴史文化学部との協定

川口および草原にとってのオーストリアとの出会いは、2016年にさかのぼる。教科教育学や教師教育の比較に焦点を当てた濃密な研究交流を経て、2017年9月25日、草原はオーストリア・ウィーン大学歴史文化学部部のChristoph Augustynowicz副学部長と交流協定書を交わした。2018年9月に交流協定締結1周年を記念して、ウィーン大学よりAlois Ecker先生とBettina Paireder先生を招聘し、9月28日(金)に研究拠点創成フォーラム(8)「私たちはどのような視点で授業をみるかー日本の教科教育学とオーストリアの各科教授学ーを開催。教科教育学研究の国際的なネットワーク化を図った。

「オーストリアとの関わりは、とってもWin-Winでね。
お互いにたくさん得るもの大きいですよ。」

 

〇オーストリアとの交流の展開―主権者教育をオーストリアから学ぶ

研究交流は、グラーツ大学のGeorg Marschnig先生をパートナーに向かい入れ、オーストリア国内の2地域4校の協力を得るまでに広がる。各校の授業やそこの社会的・文化的状況を観察するとともに、先生方へのインタビューやカリキュラム・教材等の基礎資料を収集する過程で、共同研究の体制を整えるに至った。これが、草原和博を研究代表とする国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「オーストリア政治教育の挑戦-教室空間で政治問題をいかに教えるか-」に結実した。その成果は以下の通り蓄積されてきている。

代表の草原によれば、オーストリアの教師の政治教育観について、①政治的中立性は「教師・子どもの実践に対する縛りや自粛」ではなく、ボイテルスバッハ・コンセンサスに基づいて「教師・子どもの発言や行動の自由の保障」として理解されていること、②学校生活の中で、生徒は「大人=市民」、学校は「政治的空間」として扱うことが意図されていること。とくに、社会と教室の間には、社会のリアルな言説を教室に持ち込んだり子どもが社会に働きかけたりする連続性と、社会の過度な権力作用や制度的格差に子どもを曝さない不連続性,それぞれが保証されていること、③授業は「概念」ベースでつくられており、概念をレンズにして社会を批判的に分析したり,それを鏡にして自己の考え方をメタ認知させたりしていること、④歴史教育は現代社会の諸課題と接続しており、記憶のあり方をめぐる政治化された歴史的課題を扱うことがカリキュラム化されていること,などが確認されている。本科研は、最終的には「政治問題の扱いを忌避する傾向にある日本の社会科教育(主権者教育)の改善・改革に示唆を与える」ことを目的に、具体的な提言を行うことまで視野に入れられている。

(詳細は研究拠点創成フォーラム(8)開催報告をご覧ください

「注目!あたらしい研究成果が載っていますよ~」

【関連業績】

 

オンラインセミナーへの展開

 

「オーストリアの科研やご自身の論争問題の取扱に関する研究の成果は誰に届けたいですか」という質問に、川口は間髪入れず「教師です」と答えた。日本の教室空間の再政治化に向けて、2020年よりオンラインセミナーシリーズ「主権者教育の改革を考える」を開始し、現職教員や未来の教師に向けて研究成果を発信している。政治的な発言や議論を忌避しがちな日本の先生方や学生の関心は高い。

「私意外と好評だなって印象ですね」と川口。「始めはどうしてオーストリアなのって疑問に思われた方が、セミナー後に政治教育の専門書を読んでみたくなったとか、ポジティブな声をたくさんもらえたんですね。教室の中で対話や論争がなぜうまくできないのかを、このセミナーを通して言葉として表現したくなると嬉しいですね」と意気込む。川口は、このセミナーを通して、タテマエだけの主権者教育に疑問を抱き、それを変えていってほしいと期待するが、それ以上に自らの教育観を振り返ったり、教室空間の民主化と政治化の担い手になってほしいと願っている。

第42回セミナー
2020年6月27日(土)
第47回セミナー
2020年9月19日(土)
第55回セミナー
2020年11月22日(日)

 

終わりに:市民性教育を作り変えていくために

「論争問題を扱うこと、市民性教育を進めることは、今後も変わらない研究課題です。ただ、変革のためのパワーを子どもにどのようにつけるかは新たな課題ですよね。実は子どもは既に社会でそういう行動をしているんですよね。Twitterでハッシュタグ付けたり、「いいね」をつけたり。でも公民の教科書には政治参加が旧来のカタチのままで、スマホ触っちゃダメみたくなっている。社会で子どもがどのように生きているかとか、社会に対して子どもがどのように働きかけていくかというあたりは、もう少し議論したいと思うところです」。

社会科教育の研究者として、川口は、子どもが自分たちの教室空間を「治める」ことのできる「能力」を育てるだけではなく、治めるとはどういうことかの「認識」も育てたいという。市民性教育は、子どもの日常の市民生活の中にその端緒がある。本サブユニットは、子どもが学校内外の社会認識と社会変革の力をつけるべく、教室空間を「再政治化」する方策の解明に向けて挑戦を続けている。